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2006年8月 5日 (土)

読書日記「『日本国憲法』をまっとうに議論するために」 樋口陽一著

  樋口陽一 著 みすず書房
  2006年7月10日発行
  2006年8月4日読了

みすず書房の「理想の教室」シリーズの一巻です。樋口陽一と言えば、憲法学の泰斗。
この表題は、今の憲法論議が「近代立憲主義」のイロハさえ無視して議論されていることへの樋口教授の苛立ちがあらわれているのでしょう。

人権保障の理念について、次のように説いています。

さて、「自分のことは自分で決める」というのが人権の根本でした。「みんなで決めよう」というのが民主主義だとすれば、「みんなで決めてしまっていはいけないことがある」という考えのうえに成り立っているのが、人権です。

「みんなで決めてはいけないことがある」と考えるのは、なぜでしょうか。ひとつの社会の構成員が、何か別の目的のために使われる道具として扱われてはならず、すべて「個人として尊重」(憲法13条)されなければなりません。これが人権論の根本です。

Nation State とは国民国家か民族国家かと論ずるところも、樋口教授らしいです。

Nationは国民であって、民族ではない。民族国家との訳は誤訳である。

近代の「国民国家」は、国家を、民族でも言語、宗教でなく、個人の意思を出発点において、ひとつの公共社会の成り立ちを説明する考え方である。だから、一つの民族を強調して国家を統合する考え方は近代の立憲主義とは異質であると警鐘をならしています。

安部晋三氏の「国家観」や「憲法観」の対極ですね。

樋口教授は、ストレートな熱血護憲・憲法学者というよりは、フランス的なエスプリをきかせたというか、少し斜めな感じがする「間接話法」で憲法を論じてきた学者だと思います。自分に護憲派というレッテルが張られたら、たぶん異を唱えるような気がします。

■ちょい へそ曲がり?
学生時代、樋口教授の「司法の積極性と消極性」(頸草書房)を読みました。当時の多くの憲法学者やジャーナリストが、日本の最高裁を「司法消極主義」と言って批判していました。ところが、樋口教授は最高裁判例を分析をして、日本の最高裁は、司法消極主義でなく、実は憲法判断積極主義にたっており、その内容は合憲判断の積極主義であると論じていました。

また、自衛隊の軍事演習の騒音で乳牛の乳が出なくなった酪農家が自衛隊の通信線を切断したとして自衛隊法違反で起訴された刑事事件がありました(恵庭事件)。恵庭事件の第1審(札幌地裁)の裁判官たちは憲法判断を回避して、防衛器物損壊罪の規定を厳格に解釈して、当該通信線は防衛器物でないとして無罪にしました(1967年判決。第1審で無罪確定。控訴しなかった権力側も無理しなかった。舞台裏はいろいろあっただろうなと想像してしまいます。)。多くの憲法学者や弁護士は、憲法判断を回避した裁判官たちを勇気がないとして非難、批判しました。(確かに、軍事演習の通信設備を壊した行為を、防衛器物損壊でないと言う認定は大変な無理がありますね。憲法判断回避のための無理な解釈ですよね。裁判官らは確かに逃げたのですよ。)

ところが、樋口教授は、憲法判断を回避した札幌地裁の裁判官たちを擁護しました。その論ずるところは、「個人の権利を擁護するのが裁判官の役割であり、刑罰構成要件に該当しない以上、それで無罪とすれば足りる。自衛隊法が違憲だとして無罪としたら、上告審まで争われる結果となる。この酪農家の青年を守ることを優先した第1審の裁判官の判断は正しい」ということでした。

大勢に楯を突けるちょっとへそ曲がりだけど、すごい憲法学者だなあと思いました。
この本はそういう「ちょいへそ曲がり」的な色合いは押さえて、比較的に率直に憲法論を展開しています。ただ、市民向けとしては難解だと思います。憲法を既に履修した法学部生向けの本だと思います。

■比較憲法
樋口教授の代表的著作は「比較憲法」(青林書院)ですから、「憲法解釈学」というより、「比較憲法論」や「憲法原理論」の憲法学者です。個々の解釈論や人権論よりも、憲法や司法の歴史的役割や社会的機能に関心をおいていた学者だったと思います。その手の著作が多数あります。

私の大学生当時は、一部「憲法オタク」には注目されていましたが、それほど有名でなく、司法試験の答案向きの教科書も発表していない東北大の憲法学者でした(芦部大先生が東大に招聘したとか聞きました)。私は、以来、ずっと注目してきました。

樋口教授は20年くらい前に、東北大から東大に移ってからの一時期、司法試験委員でした。樋口教授が司法試験員になることは、私にとってはとても意外でした。

ちなみに、当時、私の知り合いの女性受験生が司法試験口述試験の試験官に樋口教授にあたりました。そのときの印象を聞いたところ、その女性は「ロマンス・グレーの紳士で素敵!」と言っていました(この方は最終合格されましたが、試験中に何考えているんでしょうかね)。

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