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2006年7月16日 (日)

トンネルじん肺 東京判決と熊本判決の解説、政策形成訴訟

■規制権限不行使と発注者責任
両地裁判決とも、国の規制権限不行使を、国家賠償法1条1項の違反として、原告らに損害賠償請求を認めた判決です。一部の報道(産経新聞)に、国の発注者としての安全配慮義務違反を認めたとの記事がありましたが誤解です。両判決とも、発注者としての安全配慮義務については個別立証がなされていないとして、この点の責任を認めていません。

■規制権限不行使とは
国(担当者は労働大臣)は、トンネル建設工事の粉じん防止対策が極めて不十分であり、多数の重症のじん肺患者が発生する危険性が高い状況にあったのであるから、その省令制定権限が適時、適切に行使されれば、それ以降、トンネル建設労働者のじん肺被害の発生と拡大が防ぐことができた。国の規制権限不行使は、旧労基法、安衛法及びじん肺法の趣旨に照らして、著しく不合理であり、国賠法1条の適用上違法としました。いわゆる「国の不作為」を国賠法上、違法としたのです。

公務員の不作為を違法とするためには、作為義務が必要です。問題は、いつの時点でどのような作為義務が発生したかという点です。この点、東京地裁判決と熊本地裁判決の個々の内容は異なりました。東京地裁は作為義務論でなく、消極的権限濫用論です。以下、簡単に解説してみます。

■東京地裁と熊本地裁判決の相違点

○作為義務(権限不行使が著しく不合理で違法となる)の時期(違法性の時期)
  東京地裁 昭和61年(1986年)末頃
  熊本地裁 昭和35年(1960年)4月
○規制の内容
    東京地裁①粉じん許容濃度の設定と定期的粉じん測定の義務づけ
              ②防じんマスクと湿式さく岩機の重畳的使用の義務づけ
              ③コンクリート吹付作業等でのエアラインマスク
    熊本地裁 ①散水と発破待避時間の確保の義務づけ(昭35年~)
              ②防じんマスクと湿式さく岩機の重畳的使用の義務づけ(昭54年~)
              ③粉じん許容濃度の設定と定期的粉じん測定の義務づけ(昭63年~)
             
■両地裁裁判官の発想の違い
両判決が異なる内容になった理由には、両地裁の裁判官らの発想の違いがあると思います。

東京地裁は、第一次的な防じん対策は企業であり、国の規制権限は企業が十分にじん肺対策を行っていない事情が明らかになった段階で、国の規制権限行使の作為義務が発生するという構成をとっていると思います。そして、昭和61年にナトム工法などの大量の粉じんを発生させる新工法が標準工法となった段階で、作為義務が発生したと考えのでしょう。

熊本地裁判決は、徹底的に、省令間の矛盾を基準にして判断しています。福岡高裁の筑豊じん肺判決に全面的に従ったと言えます。筑豊じん肺福岡高裁判決では、鉱山保安規則と炭砿の規則との矛盾が違法論の論拠とされていたのです。散水や発破待避時間も、防じんマスクと湿式さく岩機の重畳的使用義務づけも、粉じん許容濃度の設定と粉じん測定の義務づけも、トンネル以外の金属鉱山の省令には義務づけられていました。そこで、熊本地裁判決は、この省令間の矛盾を根拠に、違法としたのです。ですから、逆に、エアラインマスクは金属鉱山の省令でも義務づけられていないので義務づけるべきとは判断しなかったのです。

■政策形成型訴訟
トンネルじん肺の原告は、企業から損害賠償金を受領しています(和解)。国を相手にしているのは、充分なじん肺防止対策の確立を求めているのです。国に対する賠償要求は、いわば付随的な要求なのです。その意味で、政策形成型訴訟です。
労働省も、じん肺法改正時点では、トンネル建設工事での粉じん測定の義務づけや粉じん作業時間規制を検討しています(昭和54年、じん肺審議会専門家会議等)。ところが、実際には使用者側が強く反対して頓挫したようです。

■国の控訴
厚労省はどうやら両地裁について控訴するようです。
 ↓
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060714STXKF083714072006.html

しかし、今回、両地裁判決を踏まえて、厚労省は改めてトンネルじん肺防止のための政策づくりに踏み出すべきでしょう。残り9地裁の判決をすべて受けて、高裁、そして、最高裁まで争うのでしょうか。
訴訟での争いよりも、厚労省の本来の仕事である、まっとうな政策(トンネルじん肺防止対策)づくりに努力したらどうなのでしょうかね。

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