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2006年3月12日 (日)

卒業式と日の丸・君が代

今年は長女の高校卒業の春。先日、都立高校の卒業式に出席しました。
卒業式では、司会が「国歌斉唱!」と号令をかけます。
私は起立せず、40秒間 着席して君が代を聴いていました。

■君が代斉唱、日の丸掲揚の禁止を求めているのではない
学校の式場で国旗掲揚・国歌斉唱するかどうか、様々な考えがあると思います。僕自身は、日の丸・君が代が国旗国歌として法律で定められた以上、式場に掲揚されたり演奏されてりすること自体は、特に反対するつもりはありません。個人的には日の丸のデザインが良いとは思いませんし、君が代の曲も歌詞には賛成できませんが、法律で国歌・国旗とされた以上、やむを得ないと割り切っています。

ただ、都立高校で今、行われていることは、それ以上のものです。君が代・日の丸に対する考えの是非とは別に、都教委が都立高校に押しつけている実態を見つめて欲しいと思います。

■今までの都立高校の卒業式はどうだったのか
1999年に国旗国歌法が制定されてから、都立高校でも、式次第に国歌斉唱が入るようになり、国旗は式場舞台で三脚にたてるなどの方法で掲揚されるようになっていました。国歌についても都教委が配布したCDが演奏されていました。

■内心の自由の説明-リベラルな都立高校の教育
ただ、リベラルな雰囲気を大切にする都立高校では、卒業式の開始直前、司会が「国旗国歌について、思想・良心の自由を尊重する趣旨から、起立や斉唱については強制するものではなく、各人の自由な判断に委ねられる」旨を説明していました。いわゆる「内心の自由」尊重の説明です。この説明は、都立高校で、校長を含めて教職員が話し合って決めた卒業式の在り方でした。その結果、都立高校の卒業式では、教員、生徒、保護者らは起立する人もいれば、起立しない人もいるという状態でした。

■民主党などの一部党派の介入
ところが、2003年、民主党の土屋敬之都議らが、都議会にて、この「内心の自由」の説明が学習指導要領に反するとして、その説明を禁止するよう求めました。また、不起立の教員を処分することを要求したのです。この要求に応えて、都教委は、問題の10.23通達を発令しました。

■今、都教委が行っていること
10.23通達が発令された後、不起立の教員に対して戒告処分が行われたことは、周知の事実ですので、ここではふれません。

生徒の不起立が多い高校はどう扱われているでしょうか。都教委が、クラスや生徒会指導の担当教師を事情聴取しています。これも自民党の古賀俊明都議が、「不起立の生徒がいる場合には教師が不適切な指導をしているか、指導力不足である。当該教師を処分すべきだ」と都議会で要求した結果です。都教委はこの民主党や自民党の都議らの要求をやすやすと受け入れたのです。

そして、実際に不起立の生徒がいた高校の校長、管理職、教員ら100名近くが厳重注意や注意を受けています。この校長や教員らは起立して君が代を歌っているにもかかわらず、です。校長や教員らは、今後、自分の学校やクラスから不起立の生徒が出ないように「指導」することを処分の脅しのもと強制されているのです。

反対する教師を一掃した後に来るのは生徒に対する強制でしょう。抵抗する生徒に対しては恫喝し不利益処分を課すことでしょう。こういうとき、日本人は、けっして少数派を助けません。そういう国民なのです。

■横山教育長(現副知事)らの発言
横山洋吉氏は、都教委の10.23通達の目的は「生徒に君が代を斉唱させることだ」と法廷で明言しています。この横山氏は、教育長の現職にあるとき、熊本、宮崎などの自民党各県連主催の「新しい歴史教科書」の採択を推進するための集会に度々参加してます。ちなみに、天皇から強制は良くないね…と言われた例の米長邦雄氏(都教委委員)は、全都の区市町村の教育委員を集めた教育連絡会にて、「もはや東京都は教育基本法を改正した。」と明言しています。これは、東京都の「教育の基本目標」から「教育基本法及び日本国憲法を尊重する」という文言が削除されたことを指しています。

■若者をどこにつれていくのか
都立高校のほとんどの生徒は国旗・国歌の是非など何ら興味もないでしょう。そんなことより、携帯電話のメールに返事を出すほうが忙しい。知り合いの男の子が、最近公開された「男たちの大和」の映画を見て、「アメリカは昔から原爆を落としたりして酷い国だ。日本はそれと立派にたたかったのだ。」と誇らしげに語っていました。

土屋都議や古賀都議は、「天皇の大詔による大東亜戦争は自尊自衛の聖戦」だと都議会で演説し、「日本人の誇り」を教えろとしています。このような民主党と自民党の都議会議員や都教委の動き、都民の石原知事に対する圧倒的支持は、僕には危険なナショナリズムと結びついたファシズムの足音に聞こえます。

■憲法論
憲法上の争点としては、「日の丸・君が代(国旗・国歌)」を通して国民統合をするという国家政策の是非を問うているのではありません。その政策を遂行するために、教師に対し、人事上の処分を背景に起立と斉唱を強制することが日本国憲法上、許容されるかどうかなのです。

裁判所が、この事実を直視して都教委の動きに歯止めをかけるでしょうか。予防訴訟は3月20日結審です。解雇訴訟は9月に結審でしょう。結論がどうあれ、21世紀初頭の日本を象徴する憲法裁判になるでしょう。

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コメント

国家斉唱のときに起立するのは「思想の強要」でなく、自分の国に対する「マナー」だと思います。マナーを欠く間は、人から非難されても仕方ないでしょう。それが教師なら「人事上の処分」があっても当然だと思います。子供にマナーを教えるのが仕事なのですから。

投稿: 通りすがり | 2007年3月 5日 (月) 10時44分

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