2008年5月10日 (土)

憲法と貧困/新自由主義経済と雇用の崩壊・森永卓郎氏 講演会

5月17日、日弁連と東京三弁護士会の憲法記念行事の講演シンポジウムがあります。

【日 時】
2008年5月17日(土) 午後1時~〔終了午後4時30分(予定)〕

《第一部》 基調講演「新自由主義経済と雇用の崩壊」
      森永 卓郎氏(経済アナリスト・獨協大学教授)

《第二部》 原告・弁護団からの報告
      マクドナルド残業代訴訟原告 他

《第三部》 パネルディスカッション
     金澤 誠一氏(佛教大学教授 公共政策学)
     遠藤 美奈氏(西南学院大学准教授 憲法)
     藤井  威氏(元駐スウェーデン特命全権大使)

http://niben.jp/info/20080517.pdf

http://niben.jp/info/event20080517.html

パネルディスカッションの司会を、なぜか私が担当します。
日弁連の今年の人権擁護大会「貧困と労働」のプレシンポでもあります。

ちなみに、経営側は、【グローバル競争を勝ち残るためには、日本の労働者の高賃金を下げるしかない。企業は必死に国際競争を勝ち抜くために努力している!】などと主張しています。森永氏の「年収崩壊」(角川新書)では、次のように、そのような経営側の主張を痛烈に反論しています。

一見もっともらしい理屈ですが本当にそうでしょうか。
GDP統計で見ると、興味深い事実が浮かび上がります。
2001年度から2005年度にかけて雇用者報酬が8兆5163億円減少したのに対して、企業の利益に相当する営業余剰は10兆1509億円増えているのです。このことは、企業が人件費の節約を製品価格の引き下げに振り向けたのではなく、全額利益の上積みに振り向けたことを意味しています。

財務省の「法人企業統計」を見ると、興味深いことがわかります。2001年度から2005年度にかけての4年間で、企業が株主に払った配当金の総額2.8倍に増えています。株式の配当金だけで暮らしている大金持ちは、4年間で所得が3倍になったことになります。もう一方で、大金持ちになった人がいます。それが大企業の役員です。「法人企業統計」で役員報酬を見ると資本金10億円以上の企業では役員報酬が4年間で88%も増えています。(同書60~61頁)

つまり、労働者の賃金が2001年から2005年まで8兆5163億円も減少しているのに、株主と大企業の役員の報酬は逆に2倍以上増加しているということです。いやあ、判りやすい<収奪と搾取>ですね。

ところが、善良な日本人は、グローバル競争に勝つためには臥薪嘗胆という話を真に受けているわけです。でも、これを真に受けないのは若い「ワーキング・プア」です(「反貧困」 湯浅誠著・岩波新書)。貧困とたたかう労働運動と市民運動のネットワークが貧困と克服する新しいウエーブになることを応援したいと思います。

リーガリズムの立場からは、憲法25条の生存権と、同27条1項の労働権、同2項の勤務条件法定主義を定めた憲法条項の規範性の強化が課題です。

伝統的な労働運動が弱いとき(強くなることが、今後あるのだろうか?)には、憲法規範を援用するリーガリズムが「資本」に対する社会的障壁にならざるをえないということですね。

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2008年4月27日 (日)

松下PDP事件 全面勝訴!-大阪高裁が地位確認請求を認容 

大阪高裁は、「松下PDP事件」において、松下PDPにて偽装請負として働いていた労働者(吉岡力さん)と松下PDOとの間に直接の労働契約が締結されていたことを認めました。画期的な判決です。

まだ、判決文も要旨も入手していませんが、主任の村田浩治弁護士(大阪)が代表をつとめる「大阪派遣・請負センター」(http://haken-ukeoi.net/intro.html)にも、当事者のブログにも、まだアップされていません。(http://blog.livedoor.jp/fmwwewwmf/archives/51149345.html

朝日新聞(2008年4月26日朝刊)の報道

判決はまず、請負会社の社員だった吉岡さんらの労働実態について「松下側の従業員の指揮命令を受けていた」などと認定。吉岡さんを雇っていた請負会社と松下側が結んだ業務委託契約は「脱法的な労働者供給契約」であり、職業安定法や労働基準法に違反して無効だと判断した。

 そのうえで、労働契約は当事者間の「黙示の合意」でも成立すると指摘。吉岡さんの場合、04年1月以降、「期間2カ月」「更新あり」「時給1350円」などの条件で松下側に労働力を提供し、松下側と使用従属関係にあったとして、双方の間には「黙示の労働契約の成立が認められる」と認定した。この結果、吉岡さんはこの工場で働き始めた当初から直接雇用の関係にあったと結論づけた。

この報道によると、

1 吉岡さんが請負労働者として、松下PDPで働き始めた時点から、松下PDPと吉岡さんとの間に期間2ヶ月の直接・有期の労働契約が締結していた。

2 松下PDPは請負会社との間で業務委託契約を締結し、請負会社は吉岡さんを松下PDPの工場にて働かせていた。この業務委託契約を職安法や労基法違反で無効とした。

ところで、請負会社と吉岡さんの間では「労働契約」が締結されていたはずです。こっちの「労働契約」はどうなるのでしょうか。上記の業務委託契約が職安法等で違法無効なら、その「労働契約」も違法無効なのでしょうね。早く、判決文を読みたいところです。

この高裁判決の論理でいくと、日本の多くの偽装請負労働者は、従事している企業との間の直接雇用労働者ということになります。

日本の労使関係に大きな影響を及ぼす判決です。大阪の労働者と労働組合、サポートしてきた労働弁護士や学者らの大きな成果です。

村田浩治弁護士は、今年1月24日の日弁連サテライト研修(非正規雇用を巡る諸問題)にてパネリストとして出席していただきました。そのときにも、この事件に触れた話をしてもらいました。おめでとうございます。

最高裁でも大阪高裁判決を維持するために頑張ってください。東京でも、多くの労働組合と労働弁護団が全面的に支援すると思います。

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2008年4月15日 (火)

映画「靖国YASUKUNI」の日弁連、東京三会の試写会

■映画「靖国YASUKUNI」騒動

一部の国会議員(弁護士でもある稲田朋美議員ら伝創会)が文化庁を通じて、映画「靖国YASUKUNI」を事前に一部の国会議員に対してだけ試写会をするように求めたことに端を発した今回の映画「靖国YASUKUNI」上映中止騒動。

■憲法論-事前抑制

憲法論としては、国家権力の一部である議員が、行政機関(文化庁)を動かし、ロードショー前の映画について、一部の特定の国会議員グループに対する試写会を求めることが、表現の自由の「事前抑制」にあたらないか否かが問題になります。

■民暴-不当な圧力による抑制

民事介入暴力問題としては、威圧的かつ暴力的な活動(民間)によって、映画の上映が妨害されることを許して良いのかが問題になります。

■弁護士会のスタンス

弁護士会としては、靖国神社に対してどのような観点を持つかどうかとは関係はなく、映画「靖国」の上映が、国家権力の事前抑制によって妨害されたり、威圧的・暴力的な圧力によって中止に追い込まれることはあってはならないという見地から、試写会を行うものでしょう。

17日必着で申し込んで欲しいと言う、凄い急な企画です。是非、無事成功しますように。

 第二東京弁護士会HPです。
    ↓
 http://niben.jp/info/event20080423.html

「event20080415.pdf」をダウンロード

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2008年4月13日 (日)

映画「靖国」と右翼/チベットと左翼

■映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止 騒動

右翼民族派の人々が、映画「靖国」を「反日映画だ」と非難して、上映を妨害しようと努力しています。

でも彼女ら・彼らの発想と行動は、自分の都合の悪い言論を抑圧しようとする中国政府と同じです。「反日映画」と非難する声は、「反中国の欧米マスコミ」という声と同じパターン・声音ですね。 右翼民族派と、北朝鮮や中国共産党って、発想と行動がすごく似ていますね(同祖同根)。学校で、国旗国歌を強制する国家は、中国、北朝鮮、韓国と日本くらいですからね。(東アジア儒教的権威主義国家! そういや、北朝鮮って、神がかった戦前軍国日本にそっくりですし。)

なお、右翼民族派にも女性(稲田さん、有村さん、桜井さんら)が増えて、この業界にも男女共同参画が実現し結構なことです。女性が自ら喜んで右翼民族派になる時代なんですね。昔は、右翼民族派って言えば、ファシストであって、一番の女性差別論者だと思っていたんですけど。もはや、そういう時代ではないのですね。これも歴史の進歩ですね(苦笑)。

それにしても、右翼民族派の皆さんは、この映画「靖国YASUKUNI」を、全世界的に大々的に宣伝するのに成功しましたね。意図されてなさったことなのでしょうか(笑)。

従軍慰安婦の意見広告を米国の新聞に掲載して、「国益」に反した結果になったことを、もう忘れてしまったのかしらね。彼ら・彼女らは何も学んでいないのでしょうか。

靖国神社には、西郷ドンも、白虎隊も奉られておりません。日本人にはピンとこないでしょうが、アジアや欧米から見れば、ドイツがヒトラーとナチス親衛隊を祀っているようなものです。

■チベット独立運動と日本の左翼、そして北京オリンピック

「靖国派」を厳しく非難しながら、チベットを抑圧する中国政府に甘い日本の左翼は情けないです。

スポーツと政治は無関係・・・なわけはない。
中国政府は、オリンピックを政治的に利用しようとしていますし、チベット独立派もオリンピックを独立運動(自治権拡大運動)に利用しようとしています。所詮、オリンピックは権力者と資産家(パトロン)たちの宴にしかすぎません。

そうである以上、日頃から民族自決とか、人権擁護を強調する左翼な人々は、北京オリンピックの成否などを気にせず、「チベット人を弾圧する国には、オリンピックを開催する資格はない!」「オリンピックを開催するならチベットに自由を!」と正々堂々と抗議するべきでしょう。

日本の左翼も、「文革」や、「天安門事件」、「ソ連・東欧圏の崩壊」から何も学んでいないのですかね。

(いくら声をあげても、オリンピックは開催されるから心配する必要もない。ボイコットは選手が失うものが多すぎるから。まあ個人的抗議の意味で、オリンピックに行かない、見ないようにします。サッカー以外は・・・)

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2008年4月 6日 (日)

東京での最後の花見『桜』

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   ↑

しだれ紅桜 と池

桜吹雪に踊る女の子

   ↓

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2008年3月26日 (水)

労働法の復権と「隔差社会」

■格差社会とワーキング・プア

 2007年は、この労働契約法が制定されただけでなく、最低賃金法の改正や、ホワイトカラー・エグゼンプションの労基法改正が社会的に注目された1年であった。その社会的背景には、言うまでもなく、最近の格差社会とワーキング・プア問題がある。
 労働法制の変容は、現実の<企業社会>、<雇用社会>の変動の結果でしかない。労働法の「弾力化」「雇用流動化」が、この10年間にわたり進められてきた。その結果が明らかになることで、「振り子」が元に戻るように、「格差」「貧困」がマスコミで大きく報道されて、政治的な課題として議論がされるようになった。
 今から2年前、このようなマスコミ状況が生まれるとは、多くの人々は予測していなかったと思う。私のように労働者側に立つ弁護士たちや労働組合は、同じ問題を十数年前から、ずっと訴えてきたつもりであったが、なかなか受け容れられてこなかった。ところが、今や堰(せき)を切ったように報道されている。中には、ワーキング・プア時代を生きる処世術などのハウツー本まで登場している。

■格差社会と隔差社会

 「格差」のない社会はない(小泉前首相の言うとおり。マルクスも近代以降は全て階級闘争だと言いました。)。日本では、高度経済成長時代にも「格差」はあった。しかし、ずっと今までも大企業と中小企業の間に横たわる労働条件の「二重構造」が是正されたこともなかった。
 しかし、今の「格差社会」化は、日本を「隔差社会」化するものだとの指摘されている(橋本治『日本の行く道』集英社新書)。単なる格差でなく、「負け組」が「勝ち組」から隔絶されてしまうというのである。まさに、階層化にほかならない。
 話しは飛ぶが、小・中学生の勉強時間を調査した文科省の調査結果を見て驚いたことがある。学校以外にまったく勉強時間をとらない小中学生が半数近くいるのである。深夜まで塾に通う「お受験組」は少数派なのである。つまり、勉強時間も二極化している。今の日本の子どもたちの問題は、学ばなくなったということなのだという(佐藤学『「学び」から逃走する子どもたち』岩波ブックレット)。
 これは「ゆとり教育」の影響なのかもしれないが、しかし本当の理由は「努力してもしょうがない」という意識が社会全体に浸透しはじめている結果のような気がする。まさに、隔差社会の無力感を子どもたちが先取りしているかのように思える。もし、そうであれば社会にとって重大な事態であろう。

■労働法の復権

 労働法は、対等の当事者が競争することを前提とした「自己責任の論理」の修正を目指すものだ。この原点を喪失するのであれば、労働法が労働法でなくなる。経済も社会も変動する。しかし、安定した雇用と公正な労働条件を決定する「労使の均衡点」を労働法という枠組みで探求することこそ必要である。市場原理主義への反省が語られる今、「労働法の復権」が望まれる。

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2008年3月23日 (日)

さくら咲く

桜が開花しました。 今週末は満開でしょう。

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2008年3月20日 (木)

橋下徹大阪府知事 あんさん正気かいな?

この橋下知事は何というか・・・。この人が弁護士ってほんまやろか?

■サービス残業と始業前朝礼

「朝礼を始業時間前にすれば、残業代を支払わなければならない」のは当たり前です。労基法の常識(地方公務員には労基法は適用されます)だし、民間企業でも「当たり前」です。

ところが、大阪では「民間ではそんなことはない。」んやて。つまり、労基法違反をしている企業が大阪にはいっぱいあるんや。要するに、路上駐車(違反)と同じやんか。

今度は、橋本知事、「始業時刻前に朝礼を実施するが、自由参加とするから残業代を払わない」んやて。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200803190051.html

でも、もし朝礼で仕事の話が出て、作業指示やミーティングを開催するとなると自由参加は絵に描いた餅。朝礼に出勤せざるを得なくなる。この場合には、残業代支払義務が発生することになりますね。もし、そんなことになったら大阪府の職員の皆さん。是非、訴訟で訴えてください。(そしたら大阪府民からバッシングされるんやろか。大阪では、お客様は神様なんやけんね!【これって広島弁きゃっ?】)

「俺は残業の指示を出してへん。労働者が勝手に残って仕事をしているだけじゃ。そやから俺は残業代は払わんで。」ていう使用者が、大阪だけでなく、全国にぎょうさんおります。

「始業時刻前に朝礼やるで。誰も朝礼に出てこいとは言うてへん。自由やさかい。そやから残業代は払わへんで。」ていう知事も彼らと同じレベルでおます。

東西にトンデモ・オモシロ知事がいて、日本人わ仕合わせですなあ。

■全庁舎内禁煙と「卑怯な大人」

全庁舎煙は大賛成です。でも、これも議員フロアも全面禁煙すべきです。

なんで議員用だけ残すんやねん。議員には文句を言われたくないから、やろな。「弱い者には強く、強い者には媚びる」んやねえ。いやあ。そういうのが「卑怯な大人」とちゃうんかい(怒!)。

(いくら橋本知事が、圧倒的に大阪府民に支持されたとしても、大阪府民がみんながみんなこんな奴だとは思っていませんから。急いで修正します。だって、石原知事は、あんな奴だけど、東京都民が石原大元帥閣下と一緒だとは思われたくないもん)。

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新・労働三法

■新・労働三法
 労働三法というと、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法でした。しかし、労働争議が激減するなかで、労働関係調整法はポピュラーな法律ではなくなりました。
 そのような中、2007年の臨時国会で、労働契約法が成立しました。その結果、代表的な労働法というと、労働契約法、労働基準法、労組法となり、今後はこれらが「新・労働三法」ということになるのでしょう。

 ちなみに、「六法」では、労働法編の最初に労働基準法を置くもの(例えば、有斐閣の『小六法』)と、労働組合法を最初に置くもの(例えば、三省堂の『模範六法』)の2種類ある。今後は、おそらく、労働契約法が最初に置かれることになるんでしょうね。

■民法と労働契約法

 ご承知のとおり、「雇用」については、民法623条以下の条文が適用される。民法627条1項では、期間の定めのない雇用について、「いつでも解約の申入れ」ができると定められている(解雇自由の原則)。労働法は、この民法の規定をいかに修正するかを課題にしてきた法分野であった。
 解雇については、裁判所は解雇権濫用法理で修正してきた。また、2003年には、労働基準法に「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は無効である制定された(労基法18条の2)。そして今回、この規定は労働契約法16条に移されることになった。

■労働契約法は「簡易版」

 労働契約に関する民事ルールを明確化することを目指して、2年間にわたり労働政策審議会の下で、研究会や分科会にて労働契約法が討議されてきた。2007年にできあがった労働契約法は、労使の妥協、政治的妥協の末、わずか19条の「小型」の法律になった(本年3月1日施行)。労働契約法としては、とても「フル・ヴァージョン」とは言い難い。機能限定の「簡易版」と言うべきものであろう。これが今後数年を掛けて、バージョンアップされることを期待したい。

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2008年3月18日 (火)

司法試験と労働法の今昔

【労政時報371号に掲載した私の随想です。以下、4回に分けてアップします。標題は、「労働法の復権」です。】

■司法試験と労働法
 労働法は、一時、旧司法試験の法律選択科目から外されたことがあった。現在の新司法試験の選択科目では労働法が復活した。人気の「倒産法」や「知的財産法」を引き離して、断トツの一番人気だそうである。過去の司法試験受験生には、労働法は労働三法を勉強しなければならず、分量が多く敬遠されていた。また、労働法は労働運動のための「プロ・レイバー」法学と目されて敬遠されていた。

そんな時代を知っている私の世代から見れば、受験生心理も大きく変わったものである。時代はかわります。(次回に続く)

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2008年3月16日 (日)

東京では暖かい日が2.3日続いて、梅が咲いています。

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歌わせたい男たち

■紀伊国屋ホールで、「永井愛」脚本の「歌わせたい男たち」を観劇してきました。

http://www.nitosha.net/stage/index.htm

初演はチケットが入手できず見逃しました。今年、再演中です。うちの事務所の連中と、「日の君」弁護団の仲間。そして、妻と子供らと観に行きました。

○生徒が卒業式・入学式の「国歌斉唱!」時に起立しないと、担任教師や校長らが自ら起立していても都教委から「厳重注意」を受ける。

○生徒会で国旗国歌問題を議論すると校長や生徒会担当教職員から不適切指導ではないかと都教委の取調(事情聴取)を受けて厳重注意を受ける。

○卒業式の前に、生徒に憲法19条にふれて「内心の自由」を説明することを禁止する都教委の通達。

○クリスチャン一家や、在日コリアンの生徒や保護者が「国歌=君が代」斉唱は歌えないと式への参加を辞退する。

○青年教師のころは、「日の丸・君が代」の強制を反対していた教師が、校長になってからは、あれは間違いだったとして手のひらを返したように都教委の指示に唯々諾々と従う姿。

○「内心と切り離して起立して歌うこともできる。嫌だと思っても、そういう選択をするのが一般的だ。」述べる裁判所の判決。

などなど本当にある現実を描いて笑いと涙のコメディにしています。サヨクの押しつけがましい「君が代」反対論のウザッタさも描いています。何よりも告発調でなく、悲壮感がないのが良い。

■戸田恵子のオーラと配役の妙味

何よりも、戸田惠子が素晴らしい。私は、前から4列目の席でしたが、生身の女優の「オーラ」を感じました。こういう臨場感は映画では得られません。演劇の醍醐味なんでしょうね。やみつきになりそうです。

東京都「君が代」騒動の人間のドタバタのすべてが描かれているように思います。

・ゴチゴチの左翼の「正義の人」にふりまわされるノンポリの音楽教師。

・日本人の誇りこそ大切だと心底信じて都教委の方針を実践する「熱血」青年教師。それに共鳴する生徒たちや女性教師。

・優柔不断で自己保身の固まりの校長。-でも、それが私やあなたの日本人の姿。

そして、ラストが素晴らしいのです(ネタバレになるので書けません)。

■教師が理想を語らなければ誰が理想を語るのか

最高裁のピアノ伴奏拒否事件判決(思想・良心の理由から国歌「君が代」を伴奏できないとする音楽教師に対する校長のピアノ伴奏命令は適法とした)が出た後、原告の皆さんに裁判官の思考ってどういうものかと質問されたので、次のように解説しました。

「世の中、思うようにならないことは多々ある。嫌なことをこなしていくのが大人だ。40秒我慢すればすむことだ。生徒にそういうルールを教えるのが教師の仕事であり学校なんだ」と裁判官は考えているのです。裁判官なんてその程度のものなんです。日本の最高裁は「人権の最後の砦」ではなく、「秩序維持の最後の砦」なんです。その手の連中しか裁判官にはならないのが日本なんです。

これを聞いて、再雇用合格を取り消された原告である先生は次のように反論されました。

親も裁判所も、社会はみんなそう言うのでしょう。それは判っています。でも、教師が「内心の自由」や「理想」を語らなくて、誰が生徒たちに「理想」を語るのでしょうか。
だから、教師である僕は起立しなかったのです。

こんな教師を「反日教師」、「青臭いサヨク教師」として学校から排除する社会。それが日本なんですな。

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2008年3月 8日 (土)

二年目も順調 労働審判手続

■労働審判施行二年

 労働審判の一年目の順調な滑り出しは、二年目も続いています。
 2006(平成18)年4月に労働審判手続が実施されて二年を経過しようとしています。今年2月26日、最高裁事務総局行政局と日弁連との労働審判制度に関する協議会がありました。また、同月28日には東京地裁労働部と東京三弁護士会との労働審判協議会が開催されました。東京地裁労働部と東京三弁護士会労働審判協議会との協議結果の詳細は、後日、判例タイムズに掲載される予定です。

■申立事件の顕著な増加傾向

 最高裁が発表した労働審判手続の速報値から特徴を検討します。

 2006年4月~2007年3月(平成18年度の1年間)申立件数
  東京地裁  345件 (平均月申立件数28.8件)
    全    国   1163件 (平均月申立件数96.9件)

 2007年4月~同年12月(平成19年度の9か月)申立件数
  東京地裁  398件 (平均月申立件数44.2件)
  全   国  1208件 (平均月申立件数134.2件)

 二年目に入ってから東京地裁は一年目と比較して1.5倍、全国でも1.4倍のペースで増加しています。このペースで行くと、二年目の申立件数は、東京地裁で500件を超え、全国では1600件を超えることになります。

■労働審判解決率 約8割。平均審理期間 約70日。

 労働審判の解決の傾向は、二年目になっても一年目と変わりません。調停成立が約7割、労働審判になる約2割のうち、異議申立がなく確定するものが4割あります。つまり、労働審判手続内で約8割が解決しています。しかも、申立から終局までの平均審理期間は東京地裁は約70日、全国平均は約75日です。

 ○調停成立  
      東京地裁 72.5%
   全   国   69.3%
 ○労働審判             異議申立
      東京地裁 18.2%→62.3%
   全   国   20.1%→61.0%
  ○24条終了
   東京地裁 3.2%
   全    国  3.2%
 ○取下げ等
      東京地裁 6.2%
    全   国   7.5%
  ○申立から終局までの平均審理期間
   東京地裁 69.8日
   全    国 74.9日

■裁判官ネットワークでの裁判官の感想

 日本裁判官ネットワークのオピニオンのコーナーの「Judgeの目18」で、浅見宣義判事(大分地裁)が感想を述べられています。ごく一部を引用させていただきます。詳細は是非、同ネットワークのHPでご覧下さい。 http://www.j-j-n.com/
 

… 労働事件といえば、激しい対立を予想しますから、果たして3回の審理期日で終結できるものか私自身心配でした。…制度そのものに悲観論も根強かったように思いますし、利用する側の弁護士さんからも、悲観論を直接聞かされることも私自身経験しました。しかし、実際に制度が始まり、自分も数件関与してみると、確かに3回の審理期日で全ての事件が終結に至ったのです。しかも、話し合いで解決する調停成立に至った事件がほとんどです。…

■労働審判手続の妙味

 労働審判手続は、単なる調停ではありません。労働審判委員会が双方の言い分を聞いた上で、一応の判断に基づいて手続きが進められるものです。法律家である労働審判官、労使から推薦された労働審判員の「判定」を踏まえての話し合い手続きだからこそ、調停成立率が高いのです。当事者に対する説得力と納得性が高いからこそ、調停成立率が高まるのだと思います。このバランスが崩れると、労働審判委員会の調停案の「押しつけ」になってしまいます。このような愚に陥ることなく、労働審判手続がより一層、活用されることが期待されます。

◆過去の労働審判関連ブログ

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2007/03/post_5976.html

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2007/05/post_f215.html

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2007/06/post_8650.html

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2008年3月 5日 (水)

またまた「法曹増員」論

■法曹増員「見直し」の流れは決まったか?

宮崎次期日弁連会長の法曹増員の見直し表明したこと、鳩山法務大臣の増員見直しのための法務省内にチームが発足をしたのを見て、「法曹増員の見直しの流れが決まった」かのように分析をする人がいます。しかし、まだ、その結論を出すのは時期尚早でしょう。

読売新聞が3月3日の社説で、「司法試験合格者 増員のスピードを緩めるな」と論じています。日経、朝日、毎日、東京各紙が、法曹増員「見直し」に対して反対を表明しています。

<規制改革派>の日経、読売は「競争によって弁護士の質が向上する」と言い、<市民派>の朝日、毎日、東京新聞各紙は、弁護士が市民から相変わらず縁遠い存在であり、自らの既得権を維持するために市民のニーズを無視していると言うのです。

このマスコミの一斉非難は、大きな影響力を持ちます。そう簡単に増員路線の変更とはならないでしょう。鳩山法相の意見が市民の支持を得ることができ、閣議決定を覆すことができるか、そう楽観できないように思います。

■「人権派」弁護士たちの法曹増員絶対反対論

これに対して、多くの人権派弁護士と、地方中堅都市の弁護士会が強く反発しています。

彼らは、「大マスコミは<規制改革派>の走狗」、「国家権力と対峙する弁護士に対する攻撃にほかならない」というのです。「弁護士増員となり弁護士が経済的苦境にたつと、もはや人権擁護活動ができなくなるから」というわけです。確かにそういう側面は否定しません。でも、これに市民が賛同してくれるかということが問題なのです

■弁護士が一丸になって声高に「法曹増員反対」と叫んでも

新人弁護士の就職難は大変な状況です。何とかしたいと思います。しかし、だからといって、弁護士会が一丸になって「増員反対」と叫んでも、私は市民らの賛成を得られるとは思えないのです。市民の賛同を得られなければ増員路線も変えられない。(政治家は市民の声がなければ動かない。)「市民って誰か」と言えば、依頼者ということです。

市民にとっては、身近に弁護士がたくさんいて、安く相談できたほうが良いのですから。マスコミや市民に対して、「規制改革派だ」とか、「弁護士自治に対する攻撃だ」とかいっても市民の理解を得られるとは思えません。司法書士さんや、社労士さんや、税理士さん、行政書士さんたちは、国家資格をとったとしても全員が一年目から年間600万円の収入を得られるわけではないのだと思います。

弁護士である私としては、難関の司法試験を合格した以上、そのくらいは当然じゃないかと思う気持ちはあります。でも、それは市民の皆さんの賛同を得られるのでしょうか。「合格しやすくなったのだから、仕方がないじゃないの。合格してから努力したら良いのに。」と言われないでしょうかね・・・。というか、多くの市民はこんな話は無関係と思って、興味がないのかもしれませんが。(弁護士や裁判がどうなろうと一般の人には関係ないもんね-自分が裁判の当事者にならない限り)

反対派が「市民」を説得するとしたら、司法試験合格者が500~1000人であっても、あるはその程度の方が、<市民派>の要望やニーズに応えられる具体策を提示することでしょうね。

ところが、残念ながら反対派は、その具体策を提起できていません。反対派の多くは、法テラスには反対するし、公設事務所にも批判的な人が多いのが不思議です。他方、裁判員制度については、市民の多くが反対だからと言って反対している人が多いのです。裁判員制度反対派と、増員断固反対派の中心部分の人たちは重なっていますし。こんなことを言うと、私は、「司法改悪主義者」のレッテルを貼られるのが落ちでしょうが・・・・。

弁護士や弁護士会が、多重債務者や生活保護者の権利救済などに力を入れてきたこと、当番弁護士制度の導入して実践してきたこと、司法過疎地に「ひまわり基金公設事務所」を展開して司法過疎克服に努力していることなどを、市民にもっと知ってもらえたら良いのですが。

<市民派>が満足できるような弁護士が身近に増えるためには、法律扶助や国選弁護士報酬の増額につなげるしかありません。また、法テラスや公設事務所の給与水準を向上させ、任期後のキャリア展開を容易にする就業条件を整えることが現実的な方策なのでしょう。

■もし法曹増員を阻止したら、その次にくるものは・・・

もし弁護士が一丸になって増員反対論にまとまって、仮に増員を阻止することができた場合、その次に来るのは、弁護士法72条の撤廃、司法書士などの訴訟代理権の拡大、社会保険労務士の労働訴訟・労働審判への代理権付与です。結局、法曹人口増加を阻止しても、やはり新人弁護士の就職難は解消されないのでしょう。

まさに「前門の虎 後門の狼」の状況です。そうである以上、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」なのではないでしょうか。

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2008年3月 2日 (日)

首都圏建設アスベスト訴訟

■首都圏建設アスベスト訴訟

3月2日、東京の星陵会館で、首都圏建設アスベスト訴訟統一弁護団結成総会を開催しました。東京、埼玉、千葉、神奈川の原告205名 が原告となっています。東京地裁は5月16日提訴で準備を進めています。

弁護団で検討しはじめてから、1年です。弁護団と東京土建をはじめとした建設労働者の労働組合と準備をすすめてきました。いよいよ満を持して提訴の日取りを決め、首都圏の統一弁護団が結成されました。東京、千葉、埼玉、そして神奈川の原告団は既に結成総会を開催していましたが、首都圏の統一弁護団が今日、結成されたのです。

原告団結成総会に先立ち、シンポジウムが行われ、宮本憲一教授(大阪市立大学名誉教授)、海老原勇医師、泉南石綿国賠訴訟弁護団副団長村松弁護士、首都圏建設アスベスト訴訟弁護団幹事長山下弁護士が参加しました。コーディネーターは永山利和教授(日大教授、建設政策研究所長)が参加して、国の責任について論じました。日本の石綿対策の遅れが明らかになります。

■建築物解体のピークはこれから

原告団と弁護団、建設関係の労働組合は、国と企業に対するたたかいの火ぶたを斬りました。じん肺訴訟、公害訴訟、薬害訴訟のたたかいを踏まえてのたたかいです。

建設アスベストは、建設労働者だけの問題ではありません。1000万トン輸入されたアスベストの9割は建材に使用されています。建築物の寿命は30年として、2020年に解体作業のピークを迎えます。解体作業に従事する労働者だけでなく、解体による石綿曝露が付近住民、そして廃棄地域住民に広く拡大します。

現在でも、解体作業で石綿対策をすると多額の費用がかかるとして、アスベスト対策は無視して、解体が行われています。自治体も政府も監督を放置しています。

建設作業労働者の被害ではなく、全ての住民に危険をばらまくことがこれから始まります。宮本憲一教授は、複合型ストック公害と指摘されました。水俣病公害対策の失敗をまた繰り返すことになると警鐘を鳴らしています。

■被害にはじまり被害に終わる

公害事件、薬害事件、労災事件。すべては被害の深刻さが出発点であり、同時に訴訟、そして政治による解決は、被害を見据えてのこそ全面解決がはかることができる。これが原点です。統一訴訟弁護団団長の小野寺利孝弁護士は、たたかいの原則は「被害に始まり、被害に終わる」という格言であり、この被害を裁判所、政治家、そして、国民にいかに訴えるかが重要であり、そのためには、原告と家族こそが戦いの主人公であると挨拶されました。

今日、遺族原告の奥さんが、建設労働者の旦那さんの闘病を切々と訴えられました。夫の苦しみは無駄にしたくないとの訴えは胸にせまるものがありました。

■明日からの大きなたたかい

明日は、企業への要請と厚労省をはじめとした行政に対する要請行動の予定です。弁護士として、大きな新しいたたかいに参加する記念すべき一日です。 下記は今日のシンポジウムの写真です。

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2008年2月27日 (水)

亡国のイージス

事故当日、防衛大臣がイージス艦「あたご」の航海長をヘリコプターで防衛省に呼び出し、大臣自ら事情聴取していたといいます。このニュースには本当に驚かされます。

しかも、今日まで、防衛大臣は直接、航海長から事情聴取していたことは一切、公表していません。「2分前か、12分前か、断片的な未確認情報が入ってきていただけだ」などと弁明していながら、航海長を海保の許可も立ち会いもなしで事故当日に事情聴取していた事実を隠していたわけです。

これは、防衛省という組織を守るための、事情聴取であり、情報把握、情報管理(情報隠蔽と紙一重)にほかなりません。組織防衛の論理です。

大臣自ら、これを行うなんて・・・(阿呆かいな)。

どうせやるなら、他の人間にやらせるものです。また、その知恵さえ出ない。大臣は同席すべきでないと進言する「参謀」さえもいない。

海上保安庁と海上自衛隊とは犬猿の仲と聞きますが、そんなコップの中の争いで、大局の判断を誤ったのでしょうか。

石破防衛大臣は軍隊のトップとしての器ではなかったということですね。

こんな防衛省では、戦争したら必ず負けます。自己保身にうつつを抜かす体質はまったく変わっていない。軍隊どころか、組織の体をなしていないと言わざるをえません。

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2008年2月22日 (金)

読書日記 「占領と改革」 岩波新書 雨宮昭一著

2008年1月22日第1刷発行
2008年2月18日読了

岩波新書の「シリーズ日本近現代史⑦」です。

■極めて強い違和感

占領改革は,今までサクセスストーリーとして語られてきたというトーンで書かれています。そして,そのサクセスストーリーを語ったのはジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」が典型だと言います。(同書前書きⅣ頁)

この著書に違和感を感じた部分を挙げると次のとおりです。

総力戦体制の中で女性の地位は,非常に向上していた。…だから占領軍に指摘されようとされまいと,女性の社会的な地位の向上と発言権の拡大がすでにあって,遅かれ早かれ婦人参政権の付与はありえたのである。(同書本文40頁)

1920年代に労働組合法をつくった内務省社会局と労働運動や農民運動…さらに総力戦体制の中で具体的な生産をおこなう労働者の地位向上ということを考え合わせると,占領がなくても遅かれ早かれ労働組合の結成ということはありえただろう。(41頁)

オイオイ,「遅かれ早かれ」って,どのくらいだよ? 

「歴史にイフはない。歴史家はイフを語ってはいけない」のではなかったっけ。歴史学は歴史現象の因果関係を語る学問である。歴史上の結果について,どのような事情や要素がどれほどの影響を与えたかを検討するのが歴史学である。イフを語るのは歴史学ではないっていう本を読んだことがあります(E.H.カーだっけ?)。この著者は全くそんな考えはないようです。

敗戦によって,神道の権威の凋落は明らかであった。したがって,これも国家と神道の分離の仕方が,GHQの指令したようになるかならないかはともかくとして,少なくとも戦時中のような形での癒着そのものは,GHQが神道指令を出そうと出すまいと,もう少し時間はかかったかもしれないけれども,分離がありえたと考えるべきではないか。(44頁)

オイオイ,どんな根拠でそう言うのでしょうかね? もう少し時間がかかったて,一体,何十年かかったのかね。

天皇の戦争責任について言うと,少なくとも占領期にはその意思があったにもかかわらず,アメリカによって阻止され,政治体としての自立性を奪われたといえる。

オイオイ,昭和天皇は,戦犯訴追を逃れるために退位を言ったのであって,訴追を逃れた後は,退位をするつもりは全く無くなったということではないのでしょうかね。

総動員体制の時代に社会国民主義派と国防国家派がかなりの程度その方向を追求していたものである。したがって,非常に奇妙なことに思えるかもしれないが,占領軍のニューディール派を中心とした占領改革と総力戦体制は実は同じ方向を向いた政策だったことがわかる(63頁)。

えー?私が大学時代に教わった教授(シュミットとHケルゼンの研究者でした)は,ナチズム・ファシズム国家体制,アメリカのニューディール体制,軍国日本の総動員体制,ヨーロッパ福祉国家体制,ソビエト社会主義体制をすべて<全体国家>という概念でくくっていましたっけ。(全体「主義」国家じゃないっすよ。)

現代国家論ってやつですかね。でも,それは政府と国家機能の肥大化を著すものであり,「戦争をめざす方向」(ナチズム,ファシズム,日本の国家総動員体制)と,「ニューディール体制」「福祉国家体制」が同じ方向を向いているなんてことはあり得ないのではないでしょうかね。

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2008年2月17日 (日)

2/17朝日新聞社説:弁護士増員 抵抗するのは身勝手だ

朝日新聞の2/17社説http://www.asahi.com/paper/editorial.html

弁護士が就職難というのも、額面通りには受け取れない。弁護士白書によると、弁護士の年間所得は平均1600万円らしい。弁護士が増えれば、割のいい仕事にあぶれる人が出る。だから、競争相手を増やしたくないというのだろうが、それは身勝手というほかない。

第一、弁護士過疎の問題は解消したのか。(・・・略・・・・)

弁護士をあまり増やすな、というのなら、こうした問題を解決してからにしてもらいたい。並はずれた高収入は望めなくとも、弁護士のやるべき仕事は全国津々浦々にたくさんあるのだ。

 しかし,そろいもそろって,日経,毎日,東京,朝日まで,法曹人口3千人見直しに対して,激しい弁護士(会)批判を行っています。以前,規制改革派と,市民派の増員論と分析しました。

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2008/02/post_f3b3.html

 日経は規制改革派/毎日,東京,朝日の各紙は市民派なのでしょう。

 結局,弁護士(会)がマスコミに反感を持たれているということなのでしょうね。マスコミがなぜ,これほどまでに反感を持っているのでしょうか。

 一般の人(普通の人)が持っている弁護士に対する反感や不信の反映なのではないでしょうか。記者の取材を通じての普通の市民の意識の反映なのだと思います。例えば,市民(普通の人)は,解雇事件を「仮処分や労働審判手続をするのに大サービスで着手金10万円です。」と聞くと,「そんなに高いのです。」かという感覚です。朝日新聞の記者も「高いですねえ」とおっしゃていました。(まあ,解雇された労働者にとっては,高いって言えば高いよなあ,でもね・・・。愚痴になるからヤメときます)。弁護士が増えれば,せいぜい2,3万円でやってくれると考えているのだと思います(小倉先生のように時給換算すると時給1000円くらいか?)。経営側の弁護士なら着手金100万円は下らないでしょうになあ。)。お金を用意できない労働者が労働事件を弁護士に依頼できるようになるためには,法律扶助を増額してもらうしかないでしょうね。(労組に頼めば即解決してもらえるというのが理想ですが,現状では困難でしょう。)

 あるいは,逆に,社説氏の多くは,弁護士に対する「麗しき誤解」があるのかもしれませんね。社会的弱者のためには,金もとらずに持ち出しで,一生懸命弁護するというイメージがあるのではないでしょうか。(医師ならアカヒゲ幻想,教師ならキンパチ幻想)。

 私の事務所に「社会的弱者のためなら,俺は年収400万円で良い。だからノルマを下げて欲しい。稼げって言うな。」と言っていた元気の良い若手弁護士(青年のユニオンとともに闘う純粋な青年弁護士です!)がいます。でも,その話を聞いて,うちの事務局は真っ青になりました。「私らの給料とボーナスはどうなるのかしら・・・・」って。(で,彼は心を入れ替えて今は人一倍,稼いでいます)

 司法改革反対派の弁護士ブログでは,一斉に新聞社説には反発しています。

 私も,弁護士の数を増やしたらからといって,市民派の「希望」(国選弁護に質の高い弁護士が就任する。貧困層の相談を親身に引き受ける弁護士が多くなる等々)は実現しないことは火を見るよりも明らかだと思っています。

 同じ質の仕事をしても,依頼者がお金持ちならしっかり弁護士費用を払って貰えますけど,依頼者が貧乏なら,勝利しない限り,元もとれないというのが弁護士業の宿命なのです(ここがサラリーマンとの決定的な差ですな)。

 ですから,「経済合理性」を無視した弁護士でないかぎり,苦労だけ多く見返りが少ない事件などはやろうとしないのです。弁護士の数を増やせば増やすほど,市場原理で行動する「合理的」弁護士が増えます。したがって,そのような経済的合理主義を追求する弁護士は「過疎地」には絶対行きませんし,よほどの変わり者(旧司法試験時代は,卒業してまで司法試験を受験する奴自体が変わり者だったのです)でない限り人権活動はしません。

 市民派が求める弁護士は,法律家としての理想や生き甲斐を求める中にしか,いないのです。そのような法律家は,若手の中にこそ多くいるのだと思います。また,そのような若手を育てる必要があるのでしょう。

 ところが,ロースクールの最大の欠点はお金がかかるということです。司法修習の給与制も廃止(今の時代であれば貧乏人出身の私は弁護士にはなれなかったでしょうね)。これからは,弁護士になったとき1000万円以上の借金を抱えることになります。(お金持ちのお坊ちゃん,お嬢ちゃんは別)。普通の労働者階級出身の子弟が弁護士になれても,借金を返すために「背に腹は代えられない」という選択をするしかありません

 これからの若い弁護士は金にならない事件はできなくなります。法律家としての理想よりも,自分の借金を返すことを優先せざるをえない(まあ貧乏人出身は弁護士なんかなるのではなく,任官した方が良いぞな。)。ですから,若手弁護士の就職難を放置したら,そのツケは市民にかかってくるのです。

  弁護士の数を抑制しないのであれば,国選報酬を増額したり,法律扶助予算を抜本的に増額し,また,法テラスの給料を増額し任期を延長するという方策が必要となります。

 どっちもなしという政策はないですよ。マスコミの皆さん。そこを考えて欲しい。

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2008年2月13日 (水)

予想された反応/弁護士増員問題

朝日新聞が,2/3に「冤罪を防ぐ」ためには,弁護士増員が必要であるとの社説を掲載し,法曹人口3000人見直しをする日弁連会長候補者らの発言に批判的なスタンスを表明していました。「制改革派」と「市民派」の弁護士過少批判があるのです。
    ↓
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2008/02/post_f3b3.html

これに続いて,日経新聞も,毎日新聞,なんと東京新聞でさえ(私も「東京新聞 お前もかっ?!」て気分ですが)社説で,市民の需要や国選弁護制度の充実には弁護士人口の増員が必要であるとの社説を掲載しています。当然に予想された反応です。

○日経新聞 <2/9社説 「弁護士は多すぎ」は本当か)>

この司法過疎の解消などを目指し一昨年秋に業務を始めた「法テラス」も弁護士の人手が足りない。来年までに300人必要と見込む常勤弁護士はまだ90人しかいないし、お金に余裕がない人の訴訟を手助けする民事法律扶助業務を担当するのは全弁護士の4割未満だ。

また、刑事事件で資力に欠ける人などに付ける国選弁護を担当するのは、全弁護士の半分強にすぎない。

手間がかかる割に報酬が低いところが共通する。「仕事にあぶれる」は有り体に言えば「もうかる仕事にあぶれる」なのか。

 「大幅増員すれば弁護士間の生存競争がひどくなり、人権の擁護・社会正義の実現を目指す仕事には手が回らなくなる」。増員反対派の、こんな言い分にうなずき、法曹は増やさないほうがよいと判断する国民はどれほどいるだろう。

○毎日新聞 <2/9社説:「弁護士会 司法改革を後退させぬように」>

 裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年審判の国選付添人など新しい制度の導入によって、弁護士の出番が増えているのに、増員を抑制するのでは筋が通らない。既得権のパイを小さくしたくないとの発想に根差しているのなら、世論の納得は得られまい。

○東京新聞<2/13社説:「日弁連新会長 司法改革後退は許されない」>

 過剰論は、要するに都会で恵まれた生活ができる仕事が減った、ということではないだろうか。

 司法書士などの試験と同じく司法試験も法曹資格を得る試験にすぎず“生活保障試験”なぞではない。

 保持する資格を職業に生かせない例はいくらでもある。「弁護士資格を得たら、必ず弁護士として暮らしていけるよう参入規制すべきだ」とも聞こえる増員反対論に共感する一般国民は少ないだろう。

 「生存競争が激化し、人権擁護に目が届かなくなる」-こんな声も聞こえるが、余裕があるからするのでは人権活動と呼ぶには値しない。

市民派からの弁護士(会)批判です。マスコミは,「弁護士の数が少ないから,国選事件や法律扶助事件を担当する弁護士が増えない」と批判しています。

■不毛な論争でなく事実に基づく建設的な議論を

これに対して,「自由競争を弁護士業界に持ち込むものだ」,「新聞協会は再販制度反対・規制緩和反対と言っているのに二枚舌だ」とかと感情的な反論だけでは不毛な論争となってしまいます。著名な司法改革反対派の弁護士ブログでは一斉に反発しています。(でもでも,多勢に無勢。敵/味方を間違い得ないようにね。周りから見れば,所詮,弁護士なんか,ただのプチブルなんだから・・・)。

弁護士過疎の地域があり,国選弁護体制が全国的に見て十分な対応が出来ていないことは,疑いようのない事実でしょう。

問題は,弁護士を3000人に増員しないと解決できないことなのか,また,3000人に増員すれば解決するのか,を事実に基づいて検討するしかないと思います。

■市民のニーズに応えるための積極策が必要

多くの弁護士が指摘するように,3000人増員しても,上記問題点は解決しないでしょう。競争原理を持ち込んでも公共的課題(弁護士偏在や国選弁護の充実)が解決することはありえないのですから。(医療や教育,労働分野で既に証明済み。)

多くの弁護士が指摘するとおり,国選弁護料及び民事扶助予算等を増額することが必要不可欠です。「もうかる事件にしろ」ということはありません。その「事件に労力と時間を投入できるような報酬で仕事をする」というのは当然のことです。そのバランスが成り立たないとその仕事をする人がいなくなります。弁護士が何千人に増えようと,そのような事件を多くの弁護士が継続的に担当することは不可能です(理想に燃えた弁護士は圧倒的に少数派ですし,若い頃そうでも,年取ればそうはいかないのですがな。生活もあるし。弁護士だからって,理想に生きろっと言うのも無理ですね。所詮,「東京新聞」の社説の言うとおりただの職業資格であって,聖職でないのですから!)。

地方の弁護士過疎問題は,各地の弁護士が,新人弁護士を受け入れるように一層の努力することも必要でしょう。しかし,それには限界があることも事実です。

法テラスが若い弁護士のやる気を受け入れるものに充実していくことが必要です。また,任期の延長や法テラスのキャリアを生かして各地で独立できるような事件受任システムをつくること等の工夫も必要でしょう。

弁護士会の公設事務所の展開を充実することが必要なのでしょう。このような対策があって,こそ新聞各紙が批判する状況が改善されると思います。

弁護士側としては,このような具体的な提言をしてマスコミの理解を得るように努力すべきだと思います。増員反対を決議した一部の弁護士会や弁護士連合会に,「市民のニーズにどう応えるのか」という観点が薄いことが気にかかります。

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2008年2月 9日 (土)

東京都「君が代」嘱託教職員再雇用拒否事件 東京地裁判決 勝訴

■東京地裁 君が代起立斉唱拒否 嘱託教職員再雇用拒否事件

<概要>
2008年2月7日, 東京地裁民事第19部(中西茂裁判長)は,都立高校において,東京都が通達により校長に教職員に対する「国旗に向かって起立し国歌を斉唱せよ」との職務命令を発令させたところ,教職員であった原告らが起立・斉唱しなかったことを理由として,嘱託教職員として再雇用を都教委が拒否した行為を裁量権逸脱・濫用の違法行為であるとして,東京都に原告13名に対して総額約2700万円の損害賠償を支払うよう命じた判決です。

判決文などは,NPJでアップされています。

・判決要旨
http://www.news-pj.net/pdf/2008/hanketsu-20080207_1.pdf
・判決全文
http://www.news-pj.net/pdf/2008/hanketsu-20080207_2.pdf
・原告団・弁護団声明声明
http://www.news-pj.net/pdf/2008/seimei-20080207.pdf

 
■合憲だが,裁量権濫用・逸脱で違法

原告らは原告らの思想・良心の自由を侵害するものであり憲法19条違反であること,また,東京都の通達は教育の不当な支配にあたり旧教基法10条違反の違法行為であること,そして,不起立・不斉唱を理由に嘱託員としての採用を拒否する行為は裁量権を逸脱・濫用するものであり違法であると主張しました。

本判決は,国歌起立斉唱命令は原告らの思想・良心の自由を侵害するものではない,東京都の通達は旧教基法10条の「不当な支配」に該当しないと判断しました(合憲判断)。しかし,採用拒否は,本件職務命令違反を極端に過大視したもので,客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして,裁量を逸脱・濫用したものとしたのです。

■起立斉唱命令が思想・良心の自由を侵害しない-外部行為強制型

 東京地裁19部(中西コート)は,本件職務命令(国歌起立斉唱命令)は思想・良心の自由を侵害しないとしました。ピアノ伴奏拒否事件最高裁判決をそのまま無批判に踏襲した結果です。その論理展開を整理します。

◆先ず,同判決は,次のように原告らの思想良心が憲法19条の保障の範囲内にあるとします。

 原告らのこのような考えは,「日の丸」や「君が代」が過去に我が国において果たした役割に係る原告らの歴史観ないし世界観又は教職員等としての職業経験から生じた信条及びこれに由来する社会生活上の信念であるといえるものであり,このような考えを持つこと自体は,思想及び良心の自由として保障されることは明らかである。

◆その上で,次のように論理展開するのです。

 一般に,自己の思想や良心に反するということを理由として,およそ外部行為を拒否する自由が保障されるとした場合には,社会が成り立ちがたいことは明らかであり,これを承認することはできない。

 これは佐藤幸司教授の論述であり,最高裁調査官が引いている部分です。つまり,国歌斉唱起立命令については,【外部行為強制型】の類型であるとするのです(最高裁調査官森英明のジュリスト1344号で解説していることです。)。
 この判断枠組は,上記の原告らの思想良心が19条の保障の範囲に入るとしても,これに反する外部行為を強制した場合,【どのような外部行為であれば,思想良心の核心部分を侵害したと言えるか】というものです【衝突審査基準】と言えます(佐々木弘道准教授)。なお,下記の①②の符号と【 】内は引用者が便宜で付した。

① 人の思想や良心は外部行為と密接な関係を有するものであり,思想や良心の核心部分を直接否定することにほかならないから,憲法19条が保障する思想及び良心の自由の侵害が問題になる【直接否定型】

そうでない場合でも,

②  思想や良心に対する事実上の影響を最小限にとどめるような配慮に欠き,必要性や合理性がないのに,思想や良心と抵触するような行為を強制するときは,憲法19条違反の問題が生じる余地がある【非直接緊張型】

これらに該当しない場合には,外部行為が強制されたとしても,憲法19条違反とならない。

この判断枠組に基づいて,本件職務命令(国歌斉唱起立命令)を分析します。

◆上記①【直接否定型】か否かについては

本件職務命令は,原告らに対して,例えば「日の丸」や「君が代」は国民主権,平等主義に反し天皇という特定個人又は国歌神道の象徴を賛美するものであるという考えは誤りである旨の発言を強制するなど,直接的に原告らの歴史観ないし世界観又は信条を否定する行為を命じるものではないし,また,卒業式等の儀式の場で行われる式典の進行上行われる出席者全員による起立及び斉唱であることから,前記のような歴史観ないし世界観又は信条と切り離して,不起立,不斉唱という行為には及ばないという選択をすることも可能であると考えられ,

一般的には,卒業式等の国歌斉唱時に不起立行為に出ることが原告らの歴史観ないし世界観又は信条と不可分に結び付くものということはできない。(原告らは,「国歌斉唱をしない」という信念を思想として有していると主張するようである。このような考えをもつこと自体が保障されることは明らかであるが,一般的には,このような考えが思想の核心部分とは解されない。)

加えて,

客観的にみて,卒業式等の国歌斉唱の際に,「日の丸」に向かって起立し,「君が代」を斉唱する行為は,卒業式等の出席者にとって通常想定され,かつ,期待されるものということができ,一般的には,これを行う教職員等が特定の思想を有するということを外部に表明するような行為であると評価することは困難である。校長の職務命令に従ってこのような行為が行われる場合には,これを特定の思想を有することの表明であると評価することは一層困難であるといわざるをえない。

これは全く,ピアノ伴奏拒否事件の最高裁判決の引き写しです。
しかし,ピアノ伴奏と国歌起立斉唱とは,当該外部行為の性質は違うと思います。原告らは一般論としての起立,斉唱を否定していない。「国旗に向かって起立して,国歌を斉唱する」行為は,国旗と国歌に賛意と敬意を表明する性質を有している(敬礼と同じ)と言っているのです。

◆上記②【非直接緊張型】か否かについて

 本件職務命令が命じる国旗に向かって起立し国歌を斉唱することは,原告らの前記のような歴史観ないし世界観又は信条と緊張関係にあることは確かであり,一般的には,本件職務命令が原告らの歴史観ないし世界観又は信条自体を否定するものとはいえないにしても,原告ら自身は,本件職務命令が,原告らの歴史観ないし世界観又は信条自体を否定し,思想及び良心の核心部分を否定するものであると受け止め,国旗に向かって起立し国歌を斉唱することは,原告ら自身の思想及び良心に反するとして,不起立,不斉唱の行動をとったとも考えられる。そうだとすると,本件職務命令は,原告らの思想及び良心の自由との抵触が生じる余地がある

 ここまでは良いのだが,さらに次のように論じる。

 憲法15条2項は「公務員は,全体の奉仕者」とし,「地方公務員の地位の特殊性や職務の公共性」,「高等学校学習指導要領」は国旗国歌指導を定めていること,「儀式においては,出席者に対して一律の行為を求めること自体には合理性がある」などを挙げて

 以上のとおり,本件職務命令は,その内容において合理性,必要性が認められるのであるから,原告らの前記のような歴史観ないし世界観又は信条と緊張関係があるとしても,あるいは,原告らの自身としては思想及び良心の核心部分を直接否定するものであると受け止めたのだとしても,そのことによってただちに,本件職務命令が原告らの思想及び良心の自由を制約するものである,あるいはその制約を許されないものであるということはできない

 中西判決は,【非直接緊張型】であっても,合理性,必要性のない外部行為を命じる場合には,思想良心の自由を侵害するとします。ただし,上記②の判示では,「思想や良心に対する事実上の影響を最小限にとどめる配慮を欠き」と記載しているが,あてはめの際には,この配慮の有無を全く審査していない。この点,中西判決は自らの一般論の当てはめプロセスは不徹底と言うしかない。代替措置などの配慮を欠いていると言うべきです。

■不利益取扱い型

 原告は,東京都の嘱託員採用拒否は,「君が代・日の丸」を学校教育の中で強制することに反対する世界観,歴史観及び教育観を有している原告らに対する不利益取扱いであることを強く主張しました。
 つまり,東京都の本当の狙いは,上記のような思想良心を有する教職員に対する不利益取扱いが狙いです。原告らは「形だけ立てば良い」とは割り切らない純粋な信念を持っている教職員たちです。このような教師を「がん細胞」と呼んで,「徹底的にやる」と鳥海巌東京都教育委員が校長会という公の場で発言しています(公文書で残っている)。なお,この事実認定を中西判決は敢えて落としている(佐村判決も,難波判決も認定しているのに)

 中西判決は次のようにこれを否定します。

一般的には,原告らが有している歴史観ないし世界観又は信条と,卒業式等において国歌を斉唱しないことが不可分に結びついているとはいえないのであるから,不起立,不斉唱行為を理由として不合格とすることが,実質的に原告らの思想,信条を理由とするものであると認めることも困難である。

■裁量の逸脱・濫用

ところが,中西判決は,採用拒否を裁量の逸脱・濫用として違法とします。

本件職務命令は,適法なものといえるから,これに違反したという事実が,原告らの退職前の勤務成績が良好であるか否かの判断において,消極的な要素として考慮されることはやむを得ないといえる。

しかしながら,

原告らの職務命令違反行為は,起立しなかったことと国歌を斉唱しなかったことだけであって,積極的に式典の進行を妨害する行動に出たり,国歌斉唱を妨げたりするものではなく,現に,原告らの職務違反行為によって,具体的に卒業式等の進行に支障が生じた事実は認められない

本件職務命令が,他の職務命令と比して,とりわけ重大なものとはいえないし,これのみで教職員の勤務成績を決定的に左右するような内容のものとも解されない。

都教委が非違行為を判断するのも,起立をせず,国歌を斉唱しなかったという行為に尽きるものであって,原告らが日の丸を国旗として認めず,君が代を国歌として認めないというような考えを有していることが問題であるとして,これを勤務成績が良好でない理由として判断しているのではないはずである。現に過去においては卒業式等において起立をせず,国歌斉唱をしなかった教職員も嘱