2022年9月24日 (土)

フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性の問題点と課題(その2)

フリーランスの法制度の方向性について、フリーランスに仕事を出す事業者の遵守事項として検討されているのは、次のとおりです。

 

(ア)業務委託の開始・終了に関する義務
 ①業務委託の際の書面の交付等
   業務委託の内容、報酬額 等
   業務委託に係る契約期間、契約の終了事由、契約の中途解除の際の費用等
 ②契約の中途解約・不更新の際の事前予告
   30日前の予告、契約終了理由の開示
(イ)業務委託の募集に関する義務
 ①募集の際の的確表示
 ②募集に応じた者への条件明示、募集内容と契約内容が異なる場合の説明義務
(ウ)報酬の支払い義務 60日以内
(エ)事業者の禁止行為
 ①フリーランスの責めに帰すべき理由なく受領を拒否すること
 ②フリーランスの責めに帰すべき理由なく報酬を減額すること
 ③フリーランスの責めに帰すべき理由なく返品を行うこと
 ④通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること
 ⑤正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること
 ⑥自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を供与させること
 ⑦フリーランスの責めに帰すべき理由なく給付内容を変更させ、又はやり直させること
(オ)就業環境の整備として事業者が取り組むべき事項
 ①ハラスメント対策
  事業者は、その使用する者等によるハラスメント行為について
   必要な体制の整備その他の必要な措置を講じる。
 ②出産・育児・介護との両立への配慮
   就業条件に関する交渉・就業条件の内容等について必要な配慮をする
 

「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(令和3年3月26日 内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚労省)の中で独禁法や下請法で問題となる行為とされたものが、ほぼ事業者の禁止行為とされています。

 これに、業務委託の際の書面交付等の義務付け、募集の際の義務、ハラスメント対策と出産・育児・介護との両立の配慮を加えており、方向性としては評価できると想います。

 しかし、遵守事項の内容、その具体化には課題があります。

①書面の交付等の義務付けの内容ですが、報酬額のみならず報酬額の算定基準等の明示、そして、中途解約する場合の事業者側の事由(中途解約事由)を記載させることも必要です。

②また、フリーランス側からの中途解約事由も記載することも必要です(募集の際の条件等を契約内容が異なるときや出産・育児・介護等の場合の解除など)。

③ハラスメント対策では、事業者が使用する者等の中に、顧客や関係者が含まれることを明記すべきです。

④ハラスメントの体制整備や措置義務の内容は、相談体制の整備等が想定されていると思いますが、より実効性の高い措置義務を検討すべきです。

⑤出産・育児・介護の配慮義務ですが、一つはこのような事情が生じた場合にはフリーランスの側に解除権を付与して、それを制限することを禁止すべきです。さらに、出産・育児の援助については、非労働者を含めたこども保険制度の創設などの抜本的改革をしないと絵に描いた餅になります。

 

 

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2022年9月18日 (日)

フリーランスのための法制度の方向性の実務的課題

 政府(内閣官房新しい資本主義実現本部)は、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」(方向性)を発表し、これへの意見募集をしています(2022年9月27日まで)。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060830508&Mode=0

 

岸田内閣は、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月)において、フリーランス形態で働く人が462万人となり、トラブルが発生しており、下請代金支払遅延等防止法といった現行の取引法制では対象とならない方が多く、取引適正化のための法制度について検討し、「早期に国会に提出する」旨を閣議決定しています。来年通常国会にも提出なのではないでしょうか。

 

 政府は、この「方向性」で「個人がフリーランスとして安定的に働くことができる環境を整備する」ため、「他人を使用する事業者(以下「事業者」という)が、フリーランス(業務委託の相手方である事業者で、他人を使用していない者)に業務を委託する際の遵守事項等を定める」と表明しています。

 

 私も弁護士として、フリーランスで働く方から多くの相談に接しています。労働者性が明らかな方については労働法を適用することをアドバイス(労基署等への相談)をします。しかし、労基法上の労働者性については労働行政や司法のハードルが実際上は高いため、グレーゾーンの方にはハードルが高すぎて実効性のある方法をアドバイスするのに苦慮します。

 

※ それでも、労組法上の労働者性は認められるケースが多く、労働組合の団体交渉申し入れという方法もあります。が、どこの労働組合が受け入れてくれるのか不明であり、解決への即効性があるかという「壁」もあります。

 

※ 厚労省が第二東京弁護士会に委託する「フリーランス110番の相談と和解あっせん手続」は、現状では数少ない有効な手段の一つです。 https://freelance110.jp/

 

 今回の方向性の内容については、入口と出口に、二つの大きな課題があります。なお、今回のブログでは規制内容の遵守事項についてはふれません。また、「そもそも現行法の労働者性の範囲を拡大して、労働者として保護すべきである」との理想論もここでは触れません。

 

一つは、「フリーランスと労働者性」との関係です。

 

 「方向性」の「フリーランス」の定義ですが、「業務委託の相手方である事業者で、他人を使用していない者」に業務を委託する際の遵守事項等を定めるとしています。

 

 ここでフリーランス定義で「事業者」であると記載があります。しかし、フリーランスの相談では、①明らかに労働者性が肯定できる方(しかし事業者が個人事業者と強弁する)、②グレーゾーンの方、③事業者性が高い方が混在しています。

 

 相談入口で、①の労働者性が明白な場合には、労働基準監督署等に労基法違反で申告するように助言すれば良いのですが、②のグレーゾーンの場合に、労働者性の有無を振り分けることに時間をかけることは救済や改善の役にはたちません。

 

 ですので、間口は広くして、労働者性のグレーゾーンも含めて、フリーランスとして救済対象を広く受け入れることが求められます。

 

 しかし、その結果、労働者性を肯定する範囲を狭めることがあってはなりません。そこで、この法制度におけるフリーランスの範囲は、労働者性の範囲を狭めるよう解釈してはならない旨を明記すべきです。例えば、解釈規定として「本法のフリーランスの定義は、労働基準法、労働組合法上の労働者性の範囲を限定する趣旨ではない」旨を定めるとかです。

 

二つは、法制度の実効性の確保です。

 

 方向性では、❶「遵守事項に違反した場合、行政上の措置として助言、指導、勧告、公表、命令を行うなど、必要な範囲で履行確保措置を設ける。」、❷「遵守事項違反した事業者を、フリーランスは国の行政機関に申告することができる」、❸「国は、この法律に違反する行為に関する相談への対応などフリーランスに係る取引環境の整備のために必要な措置を講じる」としています。

 

 独禁法や下請法の規制については公正取引委員会の担当です。しかし、公取委は東京に一つあるだけ(そのほか支所、支部が8つしかない)。組織としてもマンパワーとしても、殺到するであろうフリーランスの相談に対応できる体制も知識はないと言って良いでしょう。

 

 しかも、フリーランスの相談には労働者性が認められる方も多く含まれることからすれば、対応する行政機関としては、各地の労働基準監督署と労働局が対応する道しかないでしょう。

 

 相談体制としては、東京で全国対象に行われているフリーランス110番を全国体制として構築し、和解あっせん手続をよりいっそう各地に拡充する方法があります。現在、二弁では弁護士が仲裁人となり和解あっせん手続を行っています。これを、個別労働紛争解決促進あっせん手続のように、全国の労働局に設けることが考えられると思います。

 

 このテーマは、今後も注視していきたいと思います。

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2022年9月10日 (土)

ゴルバチョフの死に想う(2)

Eh

ゴルバチョフが亡くなったとのニュースに接したとき、ちょうどE.H.カーの「歴史とは何か」(1961年の講演)の新版を読み終えたところだった。この本も、岩波新書で学生時代に読んだが、新版をあらためて読んで興味深かった。

 

カーは共産主義を批判していたが、同時にロシア革命を、より大きな歴史的文脈に据えて、革命は不可避(「歴史的必然」、「見えざる手」、「歴史の狡知」などどう表現しようと良い)であったとして、ロシアと世界に与えた衝撃を、その成果とともに最後まで評価していた。

 

そのカー(1982年没)が生きてソ連崩壊を見ていたら、どう論評しただろうか。

 

カーは、歴史について「人物史観」(「歴史は偉人たちの伝記である」)を子供だましと批判する。曰く「第2次世界大戦をヒトラーの個人的な邪悪さの結果とのみ語るのは歴史ではない」(ウクライナ侵攻はプーチンの邪悪さの結果と今も言っている。)。

 

カーじゃ、歴史とは歴史的事実の因果関係を解明することであり、因果関係は「政治」の視点からではなく、「社会的・経済的な事象」から原因を抽出して、諸々の原因を相互に順序づけることであり、この因果の解明こそが「歴史解釈」である。そして、因果の解明(歴史解釈)の視点は、当該歴史家の未来への展望から過去を問い直すことと切り離せないとする。そして、「その視点は人類の進歩の信念からはじめて得られる」とい言い切っています。

 

カーは、モンテスキューの次の言葉を引用する。

 

「一つの戦いの偶然的な勝敗で一国を滅ぼしたという場合、一つの戦いの結果が国家の崩壊を招き寄せるほどの全般的な原因がその前にあったのである」と。

 

なるほど。(日本の敗戦をミッドウェー海戦の偶然的な敗北に帰する日本人に聞かせたいね)

 

他方、本書では「偶然」が歴史に与える影響について論じている。指導者の個人的な性格・性質も偶然であると言う。悩ましい論点だとする。

 

例えば、レーニンが天才でニコライ二世が愚か者だったからロシア革命がおこったわけではないし、スターリンの恐怖政治はスターリンが邪悪だったからだけではない。

 

それぞれには、それぞれの社会的・経済的な原因がある。レーニンが53歳で死亡せず生き残ったとしても、レーニンは急速な工業化を強権的に進めるというソ連の歴史コースは変わらなかった。それは当時の経済的・社会的要請であったという。彼の大著「ボリシェヴィキ革命」に詳細に書かれている。しかし、スターリンのような残虐の方法よりも緩和されたであろうとカーは言っている。

 


カーが生きてソ連崩壊とゴルバチョフを見ていたら、きっと次のようにコメントするのではないか。

 

ソ連末期にゴルバチョフがいなくとも、ソ連の共産党独裁の社会主義体制は、1980年代には現実に不適合を起こしており、経済的・社会的要因で崩壊することが不可避であった。しかし、ゴルバチョフが指導者でなければ、多大な流血、場合によればソ連軍の東欧侵攻によってヨーロッパで大きな戦争がおこったであろう。そうなってもソ連の崩壊は不可避だが、短期的に見れば戦争と流血の惨事を防ぐには、指導者のゴルバチョフという個人の資質(偶然)が大きく決定的な影響を与えた、と。

 

そして、社会的、経済的要因としては、重化学工業化や産業化には、共産党の中央集権的な計画経済は有効だったが、経済の情報化や多様な消費生産が求められる段階になると、中央集権的な計画経済は桎梏になり自壊せざるをえなかった。それをゴルバチョフ改革派は修正しようとしたが、もはやその力は残されていなかった。その後の中国の改革開放路線の資本主義化と比較し分析する だろう。

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ゴルバチョフの死に想う(その1)

Photo_20220910025501 先日、ゴルバチョフが亡くなったニュースに接して思い出した。1987年に出版された「ペレストロイカ」という彼の著書を当時読んだ。この本を読んで、当時、私はソ連の社会主義がリベラルで人間らしい社会主義になるのではないか、と個人的には期待した(←バカ)。

 

ゴルバチョフは「我々はソビエト国民の権利と自由の保障を強化することに特別な感心を持つ。ソ連最高幹部会議は、批判に対する抑圧行為を不法なものとして処罰する法令を発布する」「長期的で大局的な見地から国際政治を見るなら、どんな国もよその国を服従させることはできない」「新しい政治理念の大原則は単純である-核戦争は政治、経済、イデオロギー、その他いかなる目標を達成する手段としても用いてはならない」「大量殺戮兵器が出現し、国際社会における階級間の対立が深まれば地球破壊への引き金にもなりかねない。」と書いていた。

 

 

当時、日本の共産党は、ゴルバチョフの新思考外交を「レーニン以降最大の誤り」と言って、スターリン以上の誤りだとしてゴルバチョフを非難をしていた。

 

しかし、ソ連の指導者である彼が、米ソの軍事的対立を解消し、自国の軍事費を抑えて、国内の自由化と民主化を漸進的に進め、外国から資本と技術を導入して、効率的な市場化をすすめるというのは、当たり前の合理的な政策だと思った。当時、中国の鄧小平の改革開放路線が進行していた。

 

ところが、ソ連共産党の守旧派がクーデターをおこしてゴルバチョフは失脚し、エリツィンらの権力闘争にも敗れた(ちょうど大政奉還した徳川慶喜が薩長のクーデターに負けたのと一緒!)。ソ連の社会主義的再生を阻んだのは共産党守旧派とエリツィン派だった。そして、その後、ナポレオン的軍事独裁のプーチンが出現した。

 

ゴルバチョフは、ソ連の最良のコミュニストとして、ソ連共産党内部の権力闘争を勝ち抜き、一時期にはソ連のトップになって、米ソ冷戦を終結させてソ連国民の権利と自由を拡大しようと、ソ連の改革に着手した。しかし、共産党守旧派に妨害され、ロシア人民にも支持されず消えていった。これで共産主義的な進歩史観にとどめを刺した。

 

 

ソ連の崩壊と、その後の中国の発展を見ると、エマニュエル・トッドの家族史観による宿命論が最も説得的に思える。

 

曰く、ロシアや中国のような「共同体家族社会」(家父長が絶対的権威を持ちっており、息子たちは結婚後も父親と一緒に住んで父に従属する。兄弟間は平等(競争)的な関係にある)では、左右のイデオロギーに関係なく、一党独裁的な体制に親和的であり、欧米的なリベラルな民主主義は根付かないという。(もっとも、トッドは家族関係も歴史的変化があり、さまざまな地域での様々な条件で長期的には変化するとは言う。)

 

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2022年7月30日 (土)

読書日記「台湾-四百年の歴史と展望」伊藤潔著(中公新書)


台湾の歴史と今後のアメリカの対中戦略(妄想)

ウクライナの次は台湾ということで、やはり歴史が大事。はじめて台湾の通史を読む。1642年のオランダ支配下におかれてから、1990年の李登輝国民党総統の民主化までの台湾史の概説。面白かった。

今まで、日本の過酷な台湾植民地支配と台湾人の抵抗と蒋介石国民党政権のもっと過酷な支配ということしか知らなかった。五年前に台湾に台湾労働裁判所調査で訪れた(台北地方裁判所に見学に行って、労働事件の法廷を見せてもらった)。

中国の明帝国は、台湾を化外の地として自国の領土とは考えず、オランダに委ねた。清帝国も、大陸からの移民(移住)を厳しく制限して、ほぼ台湾を放置していた。台湾の先住民族は清朝下で迫害され抵抗し、移住した漢人も本国から様々な規制を受けていた。その後、日本の台湾出兵の後にはじめて清朝は台湾の経営しはじめるが、日清戦争後に1995年に日本に譲渡する。

そのとき、台湾人(主に漢人移住民)は、1995年直後、フランスに頼って、台湾民主国を設立したが、漢人の指導者は逃亡し、アジア初めての民主共和国は日本軍に蹂躙された(移住していた漢人と先住民族とが頑強に日本軍に抵抗した。先住民族と移住漢人が協力した最初だという)。

日本の植民地支配は過酷であったが、50年の間に植民地下の近代化(農業、工業、行政)が進んだ。台湾人の台湾議会設立運動等もあったが、日本はこれを認めなかった。
日本の敗戦後、国民党が支配するが、1947年「2・28事件」が大量の台湾の知識人・指導層を粛正・虐殺(2万8千人)した。この事件で弾圧された人々は、日本が半世紀の間に殺害した台湾人に匹敵すると言われている(国民党は、日本の植民地支配された奴隷台湾人を排除したと正当化)。1949年に蒋介石が台湾に渡るが、米国トルーマン大統領は台湾に干渉せずと発表したが、1950年に朝鮮戦争が勃発して、方針転換して、台湾と防衛条約を締結する。

その後は長い暗黒の国民党戒厳令下で、やっと1998年に民主化し、民進党が野党として認められる。
台湾は、常に外国(中国本土)に支配され、台湾人の抵抗の歴史である。
民族としては、先住民族と19世紀に移住してきた漢民族(本省人)、国民党と一緒に台湾に来た漢民族(外省人)が混合している。しかし、歴史を見れば、民族としては大陸の中国人(漢人)とは4百年の歴史から現在を見ると、もはや中国の漢民族とは別の民族ではないか。ちょうどマンチュリアンと漢民族が異なるように。


民族自決権から見れば、台湾人には独立の権利はあるように思える。「一つの中国」を押しつけることは民族自決権と台湾人の民主主義に反する。

しかし、台湾が独立を宣言すれば、中国は台湾に侵攻する。ちょうど、ウクライナがNATOに加盟を強行してロシアに侵略されたように。

ここからは妄想。アメリカは、ウクライナにNATO加盟を誘導してロシアを挑発してロシアの弱体化と自国に大きな利益を得た。次に、バイデン大統領は、台湾を独立へと向かわせて、中国を挑発する。この綱渡り米中対抗関係を作り出して、自国に有利な状況を作ろうとする危険なゲームを始めている。

米国は、中国がさらに強大化する前にたたいておこうというのが戦略だろう。
中国は、経済的に台湾を包摂して、香港のように親中国派を育てて併合支配しようとするだろう。
今の世界情勢を見たとき、台湾には独立志向をすることは控えるようにお願いして、中国に軍事力行使をしないように求めるしかない。でも、台湾がアメリカに誘導されて独立したいと民主主義の方向で決めた場合には悪夢の戦争が起こる。

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2022年7月27日 (水)

ロシア・-ウクライナ戦争 開戦5ヶ月


ウクライナ妄想

この前、左派的な人と雑談をしていたら(私も左派ですが)、ロシアは違法な侵略戦争をしたが、このウクライナ戦争でアメリカが世界的に孤立している。中国が力をつけてきてアメリカが弱体化していると言っていたので、ビックリ。
ウクライナへのロシアの侵略に至る経過は次のとおり。



2008年1月 ウクライナ世論調査 50%がNATO加盟反対
2009年7月 これを切り崩そうと、バイデン副大統領(当時)ウクライナのNATO加盟支持表明


2010年6月 親露派ヤヌコーヴィッチ大統領NATO未加盟中立法



2013年11月21日 親欧米派のクーデター「マイダン革命」(議会の暴力的占拠・ウクライナ民族主義クーデター。アメリカの介入あり)

2014年2月 ヤヌコーヴィッチ大統領ロシアに亡命
2014年3月 ロシアの介入 クリミアの独立宣言(ロシア編入)
2014年6月 ポロシェンコ大統領就任(親米派)~2019年5月まで
2017年6月 ウクライナ NATO加盟を優先する法律制定
2019年2月 ウクライナ憲法にNATO加盟の義務を定める改正
2019年5月 ゼレンスキー大統領就任

この経過を見れば、アメリカが一貫してウクライナに自由主義的な介入をしてきた。バイデンの息子がウクライナに食い込んだという絵歩ソードがあり、それを追求したウクライナ検察のトップがバイデンの介入で解任されたという事件もあった。アメリカが一貫してウクライナにNATO加盟を推奨してきた。ウクライナの中立派を親ロシアとして排除してNATO、米軍の援助を強めてきた。
プーチンは、このアメリカの挑発に乗せられて「予防戦争」としてウクライナへの不法な侵略戦争を開始した(相変わらずイワンのバカ)。

結果的に、アメリカは、ロシアの欧州へのガスパイプラインをストップさせて、自国の液化天然ガスを欧州に輸出するという将来的な経済的な特典を得た。また、軍事援助を行うことで、アメリカの軍需産業は莫大な利益をあげる。
さらに、政治的にはNATO結束をはかり、スウェーデン、フィンランドのNATO加盟という大きな成果を得た。独の社民党政権に軍事拡大させ、NATOへの積極的関与することができた。対中国への西側諸国の結束も手に入れた。
アメリカは、イラク戦争やアフガン戦争で、ロシアと同じく侵略戦争を行ったが、西側諸国や西側メディアからは非難されない。アメリカは、綺麗事を言いながらロシアと同じような汚い戦争をやっている。

ロシア・ウクライナ戦争が長引く限り、経済的にも軍事的にも得をするのはアメリカであることは間違いない。
国際情勢は、誰が得をしたのかを冷静に見ることでだいたいわかる。
ロシアのウクライナ侵略開戦から、5ヶ月。戦争が始まれば、行き着くところまで行くしかないのが、歴史の教えるところ。ロシアとウクライナの膠着状態が長く続く。アメリカはこの膠着状態を続けるように管理された軍事援助をしている。ロシアを弱体化させ、アメリカが儲かるという状況がこれから1年以上は続くだろう。


アメリカは、ここから5年先、10年先の中国との対決を次に描いているだろう。中国も習近平政権が今秋継続してから、10年後を見据えた米中対立のゲームを進めるんだろう。


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2022年7月 9日 (土)

映画日記「シン・ウルトラマン」-メフィラス星人が提案する安保条約

この映画を公開直後に観て、しばらくして事務所の若手と2度目を観にいった。二度見はシン・ゴジラと同じ。

映画の1度目はストーリーとメイン映像に目を奪われる。でも、2度目はディテールに気がつく。劇場映画はTVと違って「名画」と一緒。何回観てもワンシーンに発見がある(それが名作の所以)。

 

以下、ネタバレあり

 

この映画は、やはり子供に楽しんでもらおうと意識した怪獣映画。私が小学2年生当時(1966年)、ウルトラマンのTV放映をワクワクしながら観た。その世代には、この映画も楽しく懐かしめた。それを知らない人はよくわからないかもしれない。そういう人々には女性隊員が巨大化するのがセクハラにしか感じられないのだろう。

また子供目線だと、「禍特隊」が単なる国家公務員の寄せ集めで格好よくなく実力も感じられないのが残念で、ストーリー展開に説得力が弱い。

大人目線だと、この映画はメフィラス星人(山本耕史)が出てくる後半が断然に面白い。メフィラス星人と日本国が星間条約を締結して、異星の進んだ科学技術を日本が提供を受ければ、日本の安全保障は盤石。

メフィラス星人は、日本に星間条約を提案する際に「私メフィラス星人を上位概念においてくれ」と言う。総理大臣はこれを了解する。メフィラス星人は、その星間条約をタブレットに写して示すが、その画面には「5条」のタイトルが読める。これは2回目観て気がついた。

さて、この5条とは、日米安全保障条約第5条ですね。外務省はウェブで次のように解説しています。

 第5条は、米国の対日防衛義務を定めており、安保条約の中核的な規定である。
 この条文は、日米両国が、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に対し、「共通の危険に対処するよう行動する」としており、我が国の施政の下にある領域内にある米軍に対する攻撃を含め、我が国の施政の下にある領域に対する武力攻撃が発生した場合には、両国が共同して日本防衛に当たる旨規定している。

そして、メフィラス星人の言う「上位概念」は、日本国憲法の上位に安保条約が置かれているという意味になります。これは、今の日米関係へのメタファー(暗喩)であり、皮肉と揶揄だよね。「メタファー」は私の好きな言葉です。

メフィラス星人と日本の星間条約締結を阻止する反逆者が「禍特隊」とシン・ウルトラマンである。そして、シン・ウルトラマンとメフィラス星人がバトルを繰り広げる。

ところが、シン・ウルトラマンの故郷の「光の国」から来たゾーフィ(ゾフィーではない)が二人の紛争に介入する。メフィラス星人は、ゾーフィの介入した事実に気がつくと、即座に撤退する。

ゾーフィは人類に過剰に肩入れするシン・ウルトラマンを光の国のルールに反したとして処罰し、危険な人類を滅ぼすことを決定して実行に移そうとする。

ここでは、メフィラス星人は米国のメタファーで、ゾーフィが中国のメタファーですね。

メフィラス星人(米国)は、ゾーフィ(中国)との決定的な軍事的な全面対決を回避して、地球(日本)を見捨てることくらい簡単に決断する。

さて、そうなるとシン・ウルトラマン自身は、何のメタファーと考えられるだろうか。

「真・善・美の化身」とされるウルトラマンだが、最初のテレビ作品の企画・脚本の中心は金城哲夫。彼は沖縄出身の作家でTVの「ウルトラマン」に社会的問題を反映させていた。今から見ればその意図は明白で、「戦争と沖縄」「正義と差別」に終生こだわっていたと言っても良いだろう。彼は「沖縄海洋博」の演出も担当し、本土と沖縄の間の葛藤をいっそう抱えていた。(by NHKドキュメンタリー)。

シン・ウルトラマンを制作した庵野秀明(1960年生)は、当時の金城哲夫の発信していた雰囲気やメッセージを世代的に理解できるだろう。樋口真嗣(1965年生)は世代としてはギリギリかもしれない。ただ、庵野秀明は宮崎駿や高畑勲監督と仕事をしており、樋口真嗣も平成ガメラの金子修介監督と一緒に仕事をしている。樋口真嗣も金城哲夫の隠されたメッセージは理解できただろう。

この二人は、ウルトラマン、金城哲夫の作品に最大限の敬意をはらっており、その隠されたメッセージを盛り込んでいるにちがいない。

シン・ウルトラマンの「真・善・美の化身」とは、疎外された自己(日本又は沖縄)であり、理想化された自己(日本又は沖縄)なんだろう。


「シン・ゴジラ」は福島第1原発事故がメタファーであったし、「シン・ウルトラマン」は、日本の安全保障がメタファーだったのである。

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映画日記「PLAN75」


高齢化、老人人口増加により、75歳以上になれば国家が制度として自ら死を選択する道を提供するというストーリーは昔からたくさんあった。かならずしも目新しいテーマや作品ではないし、衝撃的でもない。筒井康隆の小説でも、このテーマで面白おかしいコメディがあった。

この「PLAN75」の映画が目新しく面白いのは、日本人がたんたんと受け入れる様がリアルに描かれていることだろう。そして、映画を見ながら、現在の日本の状況と共振して、「日本人はそうなるだろうなあ」と納得させられる。
「人に迷惑をかけるくらいなら、国のプランに応募して死んでしまおう」
係累も子供も孫もいない後期高齢者。年金もなく、あるいは暮らせない僅かな年金で一人暮らしする老人らは、「未来」ではなく、今の「現実」を描く。政府の安上がりの高齢化対策に従順に従う老若男女の日本国民。何も考えずにたんたんと老人らの死の選択をサポートする若者たち。

そして、老人の最後の措置をするのが、外国人労働者たちである。でも映画では、外国人労働者たちのコミュニティを、日本人社会とは異なる連帯感に満ちた明るい姿として、対照的に描いている。映画の最後では、外国人労働者である彼女は思い切った勇気ある行動に出る。

この日本社会の閉塞感と滅びていく様子を描いているところが、この映画の新しいところ。

最後に夕日を眺める主人公の思いと歩みはどう受け止めるのかは、観客ひとり一人で異なるだろうと感じた。

この映画はフランスとの国際共同製作だそうだ(フランスからの予算をもらって製作)。編集はフランスで行われた。編集担当のフランス人は「こんな制度を政府が提案したら、フランスでは大反対運動を展開して暴動が起こる。日本はこんなに静かに受け入れるのか?」と驚かれたそうだ。インタビューで、監督は「たぶん日本では受け入れられる」と答えたそうだ。私もそう思う。

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2022年5月28日 (土)

読書日記「ウクライナ戦争における対ロシア戦略」遠藤誉著(PHP新書)

遠藤誉氏(筑波大学名誉教授)は、1941年に満州国新京(現吉林省長春)生まれの女性(現在81歳)。当時、ソ連軍の侵攻、国共内戦などの悲惨で過酷な戦争を経験した。1953年に日本に帰国するまで中国で教育を受けた。中国社会科学研究院社会学研究所の客員研究員・教授を歴任した。

著者は、ロシアのウクライナ侵攻に、ソ連軍の対日参戦の恐怖がよみがえったとして、ロシアのプーチンの残忍無比な蛮行を厳しく非難する。他方、プーチンをウクライナ侵攻に意図的に誘い込んだのはバイデンの仕業だったと厳しく批判する。プーチンのウクライナ侵攻を引き込んだバイデン大統領の意図的な罠を事実に基づき暴露、告発している。

私は、ウクライナ侵攻によって利益を得るの結果的には米国だと思っていたが、バイデン大統領が「米軍が軍事介入すると核戦争になるので控える」と言ったので、理性による抑制だと思っていた。ところが、実態は違った。バイデンの仕組んだトラップだとまでは思っていなかった。

2008年1月 ウクライナ世論調査 50%がNATO加盟反対
2009年7月 バイデン副大統領(当時)ウクライナのNATO加盟支持表明
2010年6月    親露派ヤヌコーヴィッチ大統領 NATO未加盟中立法制定
2013年11月21日 ヤヌコーヴィッチ政権 EU連合協定の調印破棄
2013年11月21日 親欧米派のクーデター「マイダン革命」(議会占拠)
2014年2月 ヤヌコーヴィッチ大統領ロシアに亡命
2014年3月 クリミア共和国の独立宣言
2014年4月 バイデンの次男がウクライナ大手エネルギー会社の役員就任し不正関与
2014年6月 ポロシェンコ大統領(親米派)~2019年5月)
2015年   ウクライナ検察の捜査着手→バイデン副大統領 検事総長解任の圧力
2015年1月 オバマ大統領 マイダン革命(クーデター)への関与認める
2017年6月 ウクライナ NATO加盟を優先する法律
2019年2月 ウクライナ憲法にNATO加盟の義務を定める改正
2019年5月 ゼレンスキー大統領就任
2020年   米国大統領選挙 バイデンの「ウクライナ・ゲート」をトランプが攻撃。
2021年9月1日 バイデン大統領がゼレンスキー会談 NATO加盟すすめる。(独仏反対)
2021年10月  ウクライナ軍が東部ドネツク州親ロ派地域にドローン攻撃
        ドイツはミンスク合意の停戦協定違反とウクライナ批判
2021年12月7日 バイデンがプーチンに米軍はウクライナに派遣しないと表


バイデンは、ウクライナをNATO加盟に誘い込み、ロシアの軍事侵攻を誘うように意図的に政治工作をし、最後に、ロシアが軍事侵攻しても米軍は派兵しないと明言してロシアを軍事侵攻に誘い込んだ。

バイデンが受ける利益は、「ウクライナ・ゲートのもみ消し」、「NATOの拡大と結束強化」、「ロシアの天然ガスから米国のLNGガスへの転換で莫大な利益獲得」、「兵器供与の利益獲得」、そして、長期的には「中国の同盟国のロシアの弱体化」を得る。

なるほど。流石にアメリカでずる賢くスマートに自国の利益をあげるものだ。

中国については、必ずしもロシア擁護いってんばりではないとし、アメリカにはめられたロシアを困惑して凝視しているとする。台湾への軍事侵攻はない(ただし台湾が独立しようとしない限り)。中国は、2035年までに経済的に台湾を包摂・支配して、半導体企業などを抱き込んで、親中政権をたてることを目指しているという。

これに対抗して、米国は、ウクライナでやったような台湾政府に罠を仕掛けて、日本や韓国を巻き込んだ挑発をするのではないかとの危惧を著者は抱いている。より端的に「米国は対中包囲網を築くと言いながら、情勢が変われば、日本を見捨てることくらい平気でする」と述べている。

今後のウクライナの停戦にとって、ウクライナがNATO加盟を断念することが必要となり、停戦のためには中国が重要の役割を担うことになり、習近平が虎視眈々と機会をうかがっていると分析している。

著者は、ベトナム戦争から中近東の戦争まで、常に米国は戦争ビジネスでもうけてきたと批判する。日本は米国の手玉にとられつづけてきた。今や、国際情勢を経済・政治・軍事・地政学的情勢を冷静に見据えて進路を誤らないようにすべきだと述べる。

著者の結論は、日本はアメリカに頼らないで「軍事力をもった中立国」を目指して中立外交を展開すべき、と言う。

 

ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか (PHP新書)

 

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2022年5月25日 (水)

「危機の時代」(E.H.カー著)再読 ウクライナ侵略によせて

読書日記「危機の時代」E.H.カー著(岩波文庫)

本書は、英国人のE.H.カーが1939年7月に入稿して、同年9月の第2次世界大戦勃発後に出版された。この本は「来るべき平和の創造者たち」に手向けられた国際政治学と国際法に関する古典。E.H.カーは、ご承知のとおり、「歴史とは何か」「ボリシェビキ革命」等の著作で有名です。ロシアのウクライナ侵略を目の当たりにして再読しました。

E.H.カーは、第1次世界大戦後に外交官としてベルサイユ条約交渉を担当した経験に基づき、その後20年の「危機の時代」を「理想と現実」の緊張関係から見て「来るべき平和の創造者たち」に向けて提言を書いている。ユートピニズムもリアリズムとバランスをとらなければいけないという立場からユートピアニズムを批判しています(社会主義や自由放任主義や絶対平和主義も理想論という意味でユートピアニズムと位置づけています。)

第1次世界大戦後のベルサイユ条約でドイツに過酷な条件で屈辱を与えた結果、超民族主義者のヒトラーを呼び出して、第2次世界大戦に至ったと分析しています。今回のロシアのウクライナ侵略も、冷戦後にロシアに対して過酷な条件と屈辱を与え、その結果、プーチンを呼び出してウクライナ侵略を呼び込んでしまった点で同じ轍を踏んでいます。

国際関係は、国家を超えた権力が存在せず、国際的道議や国際法も確立をしていないので、国家単位の政治的・外交的交渉で決するしかない。比較できるのは、先進的な民主主義の資本主義国家の労使関係に似ている。実力(ストライキ等の大衆行動)と交渉のバランスによって合意を見いだす点では一緒だと言います。実力(ゼネスト)を行使すると、労働側も資本側も双方傷つくのがわかっている間なら妥協的平和を得ることができると言います。

「国際分野における政治権力は、(a)軍事力、(b)経済力、(c)意見を支配する力である。」

「クラウゼヴィッツの「戦争は他の手段による政治的関係の継続のほかならない」という有名な警句は、レーニンやコミンテルンによって繰り返し支持されてきた。」

「過去の偉大な文明はすべて、それぞれの時代の軍事力で優位を占めてきた。……強大国として評価されるのは、通常、大規模戦争を戦って勝利したその報償のようなものである。プロシア・フランス戦争後のドイツ、そして対スペイン戦争後のアメリカ、さらに日露戦争後の日本は、よく知られた最近の事例である。」「日露戦争が終わる1905年まで「慇懃な小男ジャップ」は、同戦争勝利後は逆に「東洋のプロシア人」へと変わった。」

「過去百年の重大戦争のうち、貿易や領土の拡大を計画的、意識的に目指して行われたという戦争はあまりない。最も重大な戦争は、自国を軍事的に一層強くしよとして、あるいは、これよりもっと頻繁に起こることだが、他国が軍事的に一層強くなるのを阻止するために行われる戦争である。」ナポレオンのロシア侵攻も、クリミア戦争の英仏の参戦もそういう理由であった。

「1924年のソヴィエト政府は、日露戦争の始まりについて、「1904年日本の魚雷艇が旅順港でロシア艦隊を攻撃したとき、それは明らかに攻撃的行為であったが、しかし政治的にいえば、日本に対するツアー政府の侵略的政策によって引き起こされた行為であった。日本は危険を事前に防ぐために敵に先制の第一撃を加えたのである。」と国際連盟に表明している。

こうして戦争は、主要戦闘国すべての胸中においては防御的ないし予防的性格をもつものであった。」

ということで、ロシア側にとっては、今回のウクライナ侵略もNATOの拡大を阻止し、将来の侵略に対応する防御的かつ予防的戦争ということになる。長年の戦争のいっかんである(21世紀かどうかは関係ない)。

今や、ロシアのウクライナ侵略から3ヶ月。以前予想したとおり長期戦(一年以上)となることは必至。米国の思うつぼであり、さすがアングロサクソンはすごいと感心する。

現時点の「一人勝ち」は米国。ウクライナに軍事援助して、長期戦に持ち込み、ロシアを弱体化し、NATOの拡大と西欧と日本・韓国の政治的な結束を入手した。経済的にも軍事産業やエネルギー産業が大きな利益をあげる。

ウクライナをコントロールしてNATO加盟に踏み出させたのはバイデンの勝利であった。

他方、中国は機を見ているのであろう。今年9月の共産党大会での習近平の任期延長を獲得した後、ロシアとウクライナ間の仲裁に入るのではないか。そこで成果をあげれば国際的な政治的地位もいや増し。台湾にもにらみがきいて、台湾独立を完全に阻止して経済的に優遇・支配して、親中政権(民進党でなく国民党)の獲得を目指すだろう。

しかし、中国は、軍事力と経済力はあるが、意見を支配する力が欠如している。ロシアに対して、ウクライナ侵略を明確に批判する姿勢を示せば良いものを(対ロ制裁をどこまでするかは個別判断)。ロシアを明確に批判しない以上、台湾や南シナ海への軍事進出の意志ありと、周辺国家と国民に思わざるをえない。孫子の兵法に反しているよなあ。米国は表では綺麗事を言って裏では汚いことをいっぱいしているのだから、中国がそれと同じように建前だけでも綺麗事言えば良いのに。そうしないのが不思議であるが、中国共産党が支配する以上、未来永劫変わらない宿命なのか?いや、イデオロギーではなく、中国やロシアの社会慣習や文化の帰結なのだろう。

 

 

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2022年5月 4日 (水)

読書日記「新・EUの労働法政策」濱口桂一郎著(2022年)

 ハマチャンこと濱口桂一郎さんに、「新・EUの労働法政策」(独立行政法人労働政策研究・研修機構・2022年4月発行))の御著書をお送りいただきました。ありがとうございます。2017年の「EUの労働法政策」(旧版)の続刊ですが、2010年後半以降のEU労働法の大きな進展(シフト制やプラットフォーム労働等への対応)を反映して、まさに「シン」EU労働法政策版です。

2017年旧版では労働条件法政策として、2000年に開始された「雇用関係の現代化と改善」の「経済的従属労働」に関する協議に対して、欧州経団連が突き放した対応に終始し、新たな動きがないとして記述が終わっていました。


ところが、この新版では、ユンケル欧州委員会委員長が重視した欧州社会権基軸(2017年勧告)や現ライエン欧州委員会委員長の下で、透明で予見可能な労働条件指令などが出されて、プラットフォーム労働指令案やAI規則案などの大きな進展が見られており、その概要が紹介されています。(なお、EU法では「指令」はEU加盟国に国内法制制定の拘束力を及ぼすが加盟国内に直接適用されない、「規則」はEU加盟国の私人に直接的適用されます。「勧告」は法的拘束力はない そうです。)


「透明で予見可能な労働条件指令」(2019年6月)は、いわば労働条件の書面通知の強化指令ですが、通知すべき対象者の範囲を拡大して労働者の拡大につながり(案段階では被用者の定義の拡大(プラットフォーム労働を含む)が含まれていたが、最終的には削除された)、手続的規制ですが、最低保障賃金支払や最低保証時間の通知を義務づけることでオンデマンド労働(日本でいえば「シフト制」労働)に対して間接的・手続的の規制をしています。

 

現在「プラットフォーム労働指令案」が2021年9月に欧州委員会から提案され、プラットフォーム労働(プラットフォーム労働遂行者とプラットフォーム労働者(雇用関係あり)に二分されている!)に関して、雇用関係の法的推定の条項が提案されています。プラットフォーム労働についてのアルゴリズム管理について規制も条項として提案されています。


さらに、EUの「人口知能規則案」も2021年4月に欧州委員会から提案され、基本的人権に対してハイリスクを含む「雇用、労働者管理及び自営へのアクセス」について、AI利用に対する規制する規則案が提案されて協議が開始されています。この場合、AIの利用者とは、AIを雇用管理等に利用する使用者への規制です。労働者側の欧州労連は、規則案は不十分であり、労働者の情報開示、情報へのアクセス、訂正、消去、処理の制限などを要求し、日常用語によるアルゴリズムの説明可能性が必要であると提言しているといいます。

 

日本でも現実に事件となっている「シフト制」(裁判)、「Uber EATS団交拒否事件」(都労委)、「日本IBMのAI不誠実団交事件」(都労委)に関連するEUの労働立法の動きを知ることができます。ほかにもハラスメントや労働時間法制、テレワークなどEUの労働法制が全体的に俯瞰されており、文字も大きくなって読みやすくなりました。

著者は、1999年に「EU労働法の形成ー欧州社会モデルに未来はあるか?」を上梓されていました。原点であろう同書で、著者は「ヨーロッパ社会モデル」は「アングロサクソン社会モデル」からの挑戦を受け、「労働者保護が目指した社会的規制が経済的に企業の力を失わせているという問題であり、競争力を回復するために硬直的な労働市場をもっと柔軟にしていかなければならない点」という新自由主義からの挑戦に直面しており、「欧州社会モデルに未来はあるか?」と自問されていました。

本新版では

「2010年代前半がEU労働社会政策の衰退の時代とするならば、2010年代後半はその復活の時代と呼ぶことができよう。その旗頭になったのは欧州社会権基軸という政策理念であった」

と少し高揚感を感じさせる書きぶりです。EUの労働法に興味あるかたには超お勧めです。

EU欧州委員会委員長の前ユンケル委員長は元ルクセンブルグ首相のキリスト教社会人民党の政治家 現在のライエン委員長はドイツのキリスト教民主同盟(CDU)の労働社会大臣、国防大臣を歴任した政治家で、どちらも欧州の中道保守政治家ですね。このあたりが日本とは大きく違います。

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2022年4月24日 (日)

「国連本部を日本に!」-加藤典洋氏の提案

 ロシアのウクライナ侵略で「やはり日米安保は必要だ」と多くの日本人が思っているだろう(私も半分はそう感じる。)。もっとも、中国・北朝鮮がプーチンのように核戦争を辞さずと言えば、米国が日本を防衛するかどうかはわからんと思うが。

 ところで、日米安保がなくとも日本の安全保障を維持する対案を加藤典洋氏が提言をしていました。2019年に亡くなった加藤典洋氏は、文芸評論家として名高く、さらに憲法9条についても三部作を著している(「9条入門」「戦後入門」「9条の戦後史」)。

 加藤氏は、「立憲的護憲派」で「日米安保条約の解消(米軍基地の撤去)」と「日本の安全保障の確保」を目指します。彼は伝統的護憲派からは強く非難されています。加藤氏の戦後体制と憲法9条に対する歴史認識については多くの史料をもとに上記三部作で詳細に論じられています。

 私なりに、これを超乱暴に要約すると(間違っているかもしれないが)

① 敗戦後に対日理事会の天皇訴追の圧力を回避するため、マッカーサーが天皇制を維持するため旧保守層に憲法9条の導入を認めさせた。

② 米ソ冷戦が激化し、国連の集団安全保障が機能しなくなったため、米国が日米安保条約を日本に締結させて日本国土を米軍が自由に利用できるようにして極東米軍の補完のため自衛隊を創設した。


③ 日本人が自らの国家主権を維持して、自国の平和を維持するためには、日米安保条約を解消して自衛のための武力組織を持たなければならない。


④ そのためには、日本は過去の侵略戦争を反省し、国連中心主義を基軸として自国の安全保障を構築すべきである。

 加藤氏は、次のような具体的な対案を提起しています。

第1点は、憲法9条を改正して、自衛隊を二つに分けて、治安出動を禁止された「国土防衛隊」と国連の集団安全保障体制に協力する「国連待機軍」を設ける。また、外国軍基地の国内での設置を禁止する条項を設ける。

第2点は、国連本部を日本に招致し、国連予算の全てを日本が負担する。

 国連の1年間の予算は2022年で約30億ドル(120円換算で3600億円)となるが、日本の在日米軍関係経費は7970億円(令和4年度予算防衛省発表)にのぼり、国連全体の予算の2倍以上です。そこで、日本は国連本部を日本(沖縄)に誘致し、国連予算の分担金として100%全て出せます(今は日本の分担金比率は8%、米国が22%、中国15%)。安保条約がなくなるから在日米軍に払っている予算は不要になるからお釣りがきます。

 日本(例えば、沖縄や北海道)に国連本部が設置されれば、中国やロシアもなかなか攻撃できないでしょう。

「思いつき」「笑い話」「夢物語」

 でも、このくらいの大風呂敷を広げないと、これから何も変わらないでしょう。フィンランドのケッコネン大統領は「国の地政学的環境と利害関係の折り合いをつけて予防外交に徹し、他国をあてにしないこと」と述べた。そのフィンランドが今やNATO加盟しようとしていますが。

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2022年4月17日 (日)

ロシアのウクライナ侵攻と「日本国憲法9条」と日本の対応

ロシアのウクライナ侵攻は違法な「侵略」そのものである。ウクライナがNATOに加盟し、仮にそれがロシアの安全を脅かすものであったとしても、ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反の他国への侵略行為にほかならない。

 国連憲章上は、この侵略行為に対して、ウクライナは個別又は集団的自衛権を行使することができる(国連憲章51条)。国連の安保理は、その侵略行為に対して「緊急の軍事措置」をとることができる(同42条)。また、国連加盟国は、安保理の要請に従って兵力などの便益を提供する義務を負う(同43条)。

 ロシアや米国や中国などの常任理事国が侵略を行った場合(米国のイラク侵攻もそうだった。)には、この国らが拒否権を行使するから、国連(安保理)は機能しない。

 では、日本国憲法9条をもとにすると、この事態に日本はどう対応できるのか。

 三つの立場があるだろう。

① 一つ目は、9条を絶対平和主義の非武装中立条項だと解釈して、ロシアやウクライナ、そしてNATO諸国に対して、軍事援助も含めて一切の軍事措置に反対して即時停戦を訴える伝統的護憲派の立場。

② 二つ目は、9条は非武装平和主義ではなく個別自衛権(武力による自衛)を許容していると解釈し、必然的にウクライナの自衛権行使やNATO諸国の軍事援助を容認し、日本もウクライナの側にたって援助する立場。ウクライナに対してどのような援助をするかは、「非軍事から軍事まで」の幅でいろいろな選択肢があり、情勢を見て個々に判断する。当然ながら軍装ヘルメットや防弾ベストは援助できる(おそらく国民の多数派であろう)。集団的自衛権は否定するので兵器や兵員の援助はできない。

③ 三つ目は、9条は国連の集団安全保障体制(軍事措置)を前提としていると解釈して、侵略行為に対して国連の軍事措置(42条)ができない場合であれば、国連憲章51条に認められた集団的自衛権に日本も協力することができるという立場。この解釈は、日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の定めを国連の集団安全保障だけでなく、集団的自衛権にも依拠すると解釈する(今の政府の立場)。もっとも集団的自衛権とはいえ、遙か遠い欧州の戦争まで軍事的援助(兵員派遣や兵器援助)ができるかは今の政府内でも異論が出るだろう(中国・台湾間の軍事紛争なら可とするだろうが)。

 さて、どの立憲的な観点からは、どの立場が良いだろうか。

 自衛隊が9条違反という立場に立つと、①の立場が論理的帰結となる。

 他方、日本国憲法9条が個別的自衛権、専守防衛の軍隊(自衛隊)を許容しているという立場であれば上記②となる。ただ、憲法典の条文と憲法法典制定過程の国会審議に忠実で、その後の憲法事実の変遷を解釈に反映させるべきではないという法実証主義的な立場からすると、②と③の選択は憲法9条改正すべきことになる。

 ドイツ政府(社民党、緑の党)は、ウクライナには最初はヘルメット援助だけだったが、徐々に兵器援助を広げてる。ドイツ政府は、自国が直接戦争に巻き込まれないか、ロシアがガス・石油等の輸出を止めないかという情勢判断に悩んでいるのだろう。

 

 

 

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2022年3月27日 (日)

ウクライナのロシア戦争とフィンランドの冬戦争


ウクライナ軍とロシア軍の戦争が毎日ニュースになり、コンピューターの戦争ゲームのように、軍人あがりの国会議員や安全保障の専門家がテレビで日々の戦況について語っている。判官贔屓でウクライナがんばれと思う。

でも、軍事のリアルの法則として、ウクライナ軍は単独でロシア軍を排除することができるのだろうか?
そんなことはまずないだろう。もはや長期戦になる。そうなれば、多大な民間人の犠牲を負うのは被侵略斟酌国家側なのだ。

最も似ているのは第二次世界大戦のフィンランドとソ連との冬戦争である。
3ヶ月の間にフィンランド軍はソ連相手に善戦したが、結局は孤立無援で敗北した。プーチンやロシア軍の参謀は、このフィンランドの冬戦争を当然に下敷きにしているだろう。

1939年11月30日、ソ連軍がフィンランドに侵攻。口実はフィンランドの社会主義政権が助けを求めているということだった(今のロシアの侵略と同じような口実)。

ソ連赤軍の兵士は、「資本主義の搾取と抑圧に苦しむフィンランド人民を解放するために解放軍として駆けつける。フィンランド人から歓迎される」と思っていた(今のネオナチに苦しむウクライナ人を救済するためと一緒)。

ところがどっこい、強靱なフィンランド軍(司令官は英雄マンネルヘイム将軍)の抵抗にあってびっくり。

スターリン60歳誕生日の1939年12月21日までに全てを電撃的に終えようと思ったところが思うようにならず、スターリンはびっくり仰天(今のプーチンと一緒)。

国際的にソ連は轟々と非難されて国際連盟から除名された。
これが国際連盟の最後の仕事で国際連盟はその後崩壊(今の国連はロシアを除名ところか、常任理事国排除もできない)

当時、英仏はフィンランドに援軍する援軍すると言いながら、結局援軍を送らなかった(今の米国とNATOと一緒です)。
ナチス・ドイツもソ連に距離を取り始めた(このナチス・ドイツは今の中国の役どころ)。
ソ連赤軍の無能さだけが目立った(でもって、ヒトラーはソ連に勝てると攻撃した一因になった)。

スターリンはさすがにまずいと思って、司令官をティモシェンコ将軍に変えて、1940年2月1日からフィンランドに対して、大攻勢をかけてフィンランド軍防衛線を瓦解させた(これから予想されるロシア軍の戦術核兵器やサリン化学兵器の投入)。

当時フィランドは1940年2月19日に外国からの援助は受けられないと悟って、講和交渉を開始(今、ウクライナも譲歩しつつある)して、3月13日に講和条件(当初のソ連の要求より過酷な条件)をのんだ。両軍の先頭は講和交渉の条件と密接に関係していたそうだ。1メートルでも多く支配地域を広げ押し返す状況で停戦条件が決まるという冷徹な原則。

このフィンランドの冬戦争、ソ連軍は8万5000人が戦死。フィンランド軍は2万5000人が戦死。フィンランド軍はよく戦った。

私の若い頃、ベトナム戦争が同時進行でテレビで報道されていたとき、小国ベトナムがアメリカに勝てるわけがないのだから、ホーチミンのベトナムは降伏した方が良い、なんて当時の私はつゆとも思わず、「アメリカはベトナムから出て行け」「英雄的なベトナム民族の自衛・解放闘争万歳」と信じて疑わず、デモにもいったよな。

でも現実では、ウクライナ単独ではロシアには勝てないだろう。ベトナムやアフガンのように長期ゲリラ戦で戦うしかない。
他方で、ロシアが限定核兵器やガス兵器を使用したら、どっかでNATO軍とロシア軍が衝突するかもしれない。

でも世界中で一番抑制的なのはアメリカ合衆国(バイデン大統領)。第三次世界大戦だけは回避するという宣言は安心できる。
また客観的に見れば、一番に利益を得ているのはアメリカだ。
そして、機を見て中国がロシアとウクライナ間の仲介するだろう(虎視眈々と狙っているはず)。
仲介が成功すれば、中国の地位が上がる。でもって、中国が国益上の利益を得ようとするだろう。
中国はウクライナ戦争とその仲介力で、台湾への支配介入のための道具、武器とするだろう。
まさに孫子の兵法。

国際政治は、そういう流れで動くと思う。

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2022年3月13日 (日)

ロシアのウクライナ侵略とフィンランドの歴史と外交政策

読書日記「危機と人類」ジャレド・ダイアモンド著(2019年・日本経済新聞社刊)

 危機にあたって国家はどう対応したのか、危機克服のためにどういう要素を考慮すべきかを、フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカの歴史から考察した書物。今のウクライナは、過去の「フィンランドの対ソ危機」と同じ。歴史は繰り返すを地で行く。以下、私なりの要約。
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 フィンランドは、1809年にロシア帝国に併合されて、1894年にニコライ二世の圧政下にはいった。1917年にロシア革命が起こるとフィンランドは独立宣言したが、国内で社会主義革命を目指す赤衛軍とドイツの支援を受けた保守派の白衛軍との内線となり、白衛軍が勝利して、その後は左派勢力が弾圧、虐殺された。

 スターリンは1930年代末、ドイツの脅威に備えて、英仏ポーランドと防衛協力を申し出たが、これを拒絶されたため、1939年8月に独ソ不可侵条約を調印。同年10月、ソ連はフィンランドにソ連フィンランドの国境線の変更と海軍基地の設定を要求したが、これをフィンランドは拒絶し、同年11月から戦争が開始された(冬戦争)。スターリンはフィンランド民主共和国を設立させて、同国の防衛のためだと主張(今のロシアのウクライナ侵攻と一緒)。

 当時、ソ連は人口1億7000万人、フィンランドは370万人。フィンランド軍と国民は圧倒的なソ連軍に良く戦ったが戦死者は10万人(人口の2.5%)。ソ連軍の陸軍の戦術は拙劣で多大な損害を出した。フィンランド人の死者1人当たり、ソ連兵8人が死んだ。他方で、英仏は援軍を送ると口では言いながら、まったく援軍を送らなかった。外国人義勇軍が1万5000人がフィンラドに味方した。結局は冷徹な軍事力の差には勝てず、フィンランドはわずか開戦半年後1940年3月に講和して、最初の条件より不利な条件をのまされた。

 1941年6月にナチス・ドイツはソ連を攻撃し、同時にフィンランドはナチスと共にソ連に宣戦布告して占領されたカラリア州など奪還する。これを継続戦争という。当時は、フィンランドに苦戦したソ連軍は弱いと考えられ、ナチス・ドイツが勝利すると世界中が思っていた。でも、結局はソ連が勝利し、フィンランドはソ連と休戦協定を結んで同様の条件と多額の賠償金を支払うことになる。

 そこで、1945年以後、フィンランドは、ソ連の逆鱗に触れないよう、でも独立と、自由と民主主義体制の維持と西側との関係維持という「綱渡り外交」をとった。他の西側からはソ連におもねる「フィンランド化」と揶揄されたが、フィンランドの歴史を見ればやむを得ない。

 フィンランドのケッコネン大統領(任期1956年~81年)は、スターリンの思考は「イデオロギーでなく地政学的な戦略」であると喝破し、外交方針は「わが国の地政学的環境を支配する利害関係との折り合いをうまくつけること……予防外交であり、危険が間近にくる前に察知し、危険を回避する対策を講じること……国家は他国をあてにしてはいけない。戦争という高い代償を払って、フィンランドはそれを学んだ。……外交問題の解決にはさまざまな感情-好きとか嫌いとか-を混ぜ込む余裕はつゆほどもないことも学んだ。現実的な外交政策は、国益と国家間の力関係という国際政治の必須要素に対する認識に基づいて決定されるべきである。」

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日本は、第二次世界大戦に敗北したが、何を学んだのだろうか?アメリカの占領政策があまりにうまかったので、日本人は支配されているという感覚もなく、対米依存・従属のままで経済発展できた。そのため、ケッコネン大統領のような冷徹な認識に至らなかった。

だから、非武装中立が一番だとか、また、政府指導者らは今でも核兵器保有国(中国、北朝鮮、ロシア)に対して、日本も核武装・共有するとか、敵地を攻撃するとか、自国の地政学的環境を無視してお目出度いことを言うのではないか。

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2021年11月 3日 (水)

2021年総選挙に思う 衆院比例区の分析

2021年総選挙に思う

11月3日は休日なので、今回の衆院選挙比例区の結果を整理してみた。

 

■比例区の政党得票率・数の近年の数値をあらためて見ると、各政党の得票数・率は、実はそれほど大きな変化はないのがわかる。

 

★主な衆議院比例区選挙の主要政党の投票数・率の推移表

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この比例区への得票数・得票率には、有権者の政党支持の様相が素直に出る。2013年参議院選挙は抜けているが、傾向をつかむのが目的。小選挙区は各政党の候補者数等の要素で変動が激しい。有権者の政党支持数・率は出てこない。その意味では、小選挙区でどう選挙戦をたたかうかは、各政党の戦術が重要であり、各党の手練手管が見物であり、勝負どころなのだろう。

 

■実は比例区では負けてない立憲民主党

 

上記表を見れば、立憲民主党は、2018年総選挙よりも、比例区は得票数・率とも増えている(20%で1149万票)。国民民主党も4.5%で259万票を獲得している。

 

立民・国民両党の合計では、24.5%で1406万票であり、民主党下野後の最高得票なのである。(2009年の民主党の42.4%、2984万票が特別の異常値だった)。

 

共産党は7.2%、416万人で実はずっと変わりがない。社民党も長期低空飛行で傾向が変わらず(今回よくもったというのが正直な感想)。そして、立民+国民+共産+社民を合計すると33.5%と1925万票で、今回の自民党比例票に匹敵する。これに「れいわ」が合流すれば逆転である。もっとも、そうなれば、自公に維新がつくだろう。

 

■立憲民主党は小選挙区でなぜ負けたのか(勝てなかったのか)

 

では立憲民主党は、小選挙区で共産党と議席調整したにもかかわらず、なぜ勝てなかったのか。

 

共産党との共闘の結果だ(中道や保守系が離反した)との説がある。

 

しかし、立憲民主党は、前回と比較して、比例区の得票率も得票数もわずかだが増えている。もし、共産党との共闘が嫌われたのであれば、比例票も国民民主党にもっと流れたはずである。国民民主党の比例票はおそらく前回希望の党を支持した層から来たものと推定できる。維新に投票する人の多数派はもともと反労組(特に強固な「反官公労」)の立場なので、立憲民主党にはいれないだろう。

したがって、データ上は「共産共闘敗因説」は成り立たないのではないか。少なくとも大きな要因ではないだろう。

 

今回は維新が比例区で14%、805万票を獲得した。前回2017年総選挙では6.1%、338万であったので躍進である。ただし、前回2017年は希望の党があり、17.4%で967万票を獲得しておりそのあおりで減らした(だから新党ブームのあだ花だと東京にいる私は思っていた)。前々回の2014年総選挙では維新は15.7%で832万票だから、希望の党が消滅したため、もとにもどったともいえる。

 

維新は、大阪を中心に近畿で小選挙区で躍進し、全国各地でも小選挙区で存在感を示し、比例区票も獲得した。この政党は、自力をつけた。もはや新党ブームのあだ花でなく、今後も有力政党になるであろう(私個人では、およそ賛成できない政策・体質だが、それはそれとして)。

 

立憲民主党が小選挙区で勝ちきれなかったのは、維新の躍進・復調に足下をすくわれたと言えるのではないか。

 

「れいわ」も、3.9%と221万票と健闘した。これも前回に希望の党に投票した人が、清新さを求めて、「れいわ」に投票した方が多かったのではないか。

 

前回希望の党にいれた17.4%の有権者の8%が維新に、4%が「れいわ」に、3.9%が国民民主党に投票したにではないか。その意味で立憲民主党は、希望の党にいれた中道右派層を獲得できなかったといえよう。この点で維新とのたたかいに破れたのではないかと思う。

 

こう考えると、立憲民主党は、維新や「れいわ」に比較して、新鮮さや清冽さ、党首の魅力、政策がリベラル岩盤層向けの規範主義的理想論(優等生的・学校的あるべき論)を並べ立てて現実の生活感覚から乖離したから、小選挙区で勝ちきれなかったと個人的に思う。言い換えれば、構造的な原因や共闘路線の失敗ではない。

 

立憲民主党の戦略的なパフォーマンスと政策提言の向上で勝機はあると思える。来年の参議院選挙までに立て直せるか?

 

■連合の組合員の投票行動は?

さて、日本のナショナルセンターの連合の組合員の票はどうなったかを検討してみる。
参考にしたのは、連合自身が2019年に組合員の政治意識調査をして発表している。

 

★連合「第7回政治アンケート調査」結果の概要2019年である。WEBに公表されている。

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連合の組合員数は約700万人。官公労は約100万人で、民間労組は約600万人だろう。このアンケート調査結果によれば、「支持政党なしが36%。国民と立民支持合計で35%、自民党支持は20%。」だそうだ。その他・答えずの約10%は、その他の野党又は公明党支持だろう。

 

組合員の投票率は85%を超える。この点はさすがだ。一般の投票率は55%程度だから立派なものだ。

 

というわけで、組合員で投票に行くのは全体の85%の600万人ということになる。そして、自民党に投票する組合員が2割で120万人となり、国民か立民に入れる固定層は216万人となる。

組合員の無党派の210万人の多くも野党系にいれるだろうが、組合員の大多数が大企業正社員かつ男性であろうから、維新に投票する組合員も多そうである。

 

さて、今回総選挙の国民民主党の比例区の得票数は260万票である。連合が立民の共産党との共闘を強く批判していたことからすると、連合組合員の多く(特に民間労組)は国民民主党にいれた可能性が強い。そして、上記の民主党系固定支持者の216万人の推計と、国民民主党の比例獲得票数260万票と一致する。

 

他方、立憲民主党の比例区獲得票数は1149万票で、連合の組合員数以上の国民の支持を得ている。連合の組合員、特に官公労の組合員の支持を得ているであろうが、より幅広い国民からの支持を得ている。他方で、国民民主党は大企業労組の組織政党の色合いが強い(言うまでもないか。当たり前かも)。また、国民民主党は明確な原発推進路線であり、幅広い国民の支持を受けるのには疑問符がつく。

 

上記のとおり、連合の組合員の多くは国民民主党に入れたと推測できるので、連合の組合員が支持する政党がなくなって戸惑ったとはデータ上は言えないのではないか。

 

要は、国民と立民の棲み分けはできており、あとは政党として、両党がどのような政策的、政治実践の連携をとるか、である。それこそが野党政治家に求められているミッションであろう。

 

路線の主導権をめぐって相互に叩き合うのは愚かなことではないかね。

 

 

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2021年10月24日 (日)

読書日記 「性の進化論講義」更科功著(PHP新書)

「性の進化論講義」更科功著(PHP新書)2021年8月発行

最近はやりの人類の性差論かと思いきや、まっとうな進化論の講義でした。

さて、オスとメスがいるのは有性生殖の場合。

 

私の高校時代の生物の知識では「原始的な生物が無性生殖で、より高度な複雑な生物は有性生殖と進化した」ということでした。
ところが、現代の進化論では、上記のような素朴な考え方は否定されている。

 

無性生殖の方が、実は効率性やコストが少ないとのこと。

 

それではなぜ有性生殖が幅をきかしているのか(無性生殖の生物も珍しくないそうですが)。

いろんな学説があるが、有力な学説は、病原体(寄生者)に対抗する免疫システムを獲得するためだそうです。

 

個体にとって、捕食者よりも、病原体の方が脅威となっている(ライオンで捕食されるよりも、病原体で死ぬ方が圧倒的に数が多い。100年前のスペイン風邪と第一次世界大戦を比較しても、1000万人以上死んだスペイン風邪の方が脅威)。

 

無性生殖だと、免疫を決める遺伝子がワンパターンであり、危険な病原体に直面すれば同じ遺伝子が多いその生物は絶滅する危険性が高い。

 

人間だと抗原や抗体を司るMHC遺伝子は両親から二つしなかい。しかし、有性生殖だと、多種多様ないろんなMHC遺伝子の組み合わせが生じる。したがって、病原体が現れても、ある個体は免疫がきかず抵抗できないが、ある個体は有効な抵抗力がある場合もある。種としては生き残る。

 

よって、有性生殖はオスとメスは、病原体との競争結果で有性生殖の方が生存や繁殖に有利だったからという理論があるそうだ。

 

ちなみに、ホモ・サピエンスは7万年前頃にアフリカを出た。先にヨーロッパや中東に進出していたネアンデルタール人と部分的交配して全世界にホモサピエンスは広がった。xアフリカを遅く出発したホモ・サピエンスは、アフリカの病原体に対する免疫しかなかったが、ネアンデルタールと交配することで、アフリカ以外の病原体に対する免疫をもつMHC遺伝子を獲得した。ネアンデルタール人のMHC遺伝子は、アジア人の方が多い。アフリカに遅く発したホモ・サピエンスは、アフリカの病原体に対する免疫しかなかったが、ネアンデルタールと交配することで、アフリカ以外の病原体に対する免疫をもつMHC遺伝子を獲得したと考えられるとする。

この本には書かれていないが、新型コロナの流行の感染者と死者の比率や数が、ヨーロッパとアジアで大きく異なることとの関係を妄想してしまう。ヨーロッパ人と東アジア人の遺伝子的差がやはりあるのかもしれない。


著者によれば、進化論は、自然淘汰の理論であり、個体が遺伝的変異を経て世代ごとに変化する理論。

自然淘汰とは、 要するに「子供を多く残すことができるかどうか」で決まる。そのために、環境に有利な形質や生存に有利な形質が変異で生じて次の子供に承継されることが必要。

 

進化の自然淘汰は、次のような条件で生じる

 

① 同種の個体間に遺伝的変異が生じる(異なる特徴が子に遺伝する)
② 生物は過剰繁殖する(親の個体よりも多くこども生む)
③ 遺伝的変異によって、生殖年齢に達する子の数が異なる。
④ より多くの生殖年齢に達する子が持つ変異が、より多く残る。

オスとメスとの関係性は、この自然淘汰の理論で決まってくるとのこと。偶然性で決まる遺伝的変異、環境との適応関係、自然淘汰、性淘汰によって確率論的に決まるようだ。子供を育てる形質や、異性をめぐって闘争するのがオス同士の場合もあればメス同士の場合もあるとのこと。

 

メスの配偶子製造コスト+メスの子育て期間 > オスの配偶子製造コスト

 

この場合にはオス同士がメスをめぐって争う。例えば、ゾウやライオン。

 

メスの配偶子製造コスト < オスの配偶子製造コスト+オスの子育て期間

 

この場合にはメス同士がオスをめぐって争う。例えば、南米にいるある鳥類。

 

以上の例は、妊娠や子育て期間は、メスは繁殖(生殖)行動をしない場合。

 

では、妊娠、子育て期間でも、繁殖(生殖)行動をする例外的な生物であるホモ・サピエンスの場合はどうか。直接的な答えは書かれてていない。このあたりは極めて慎重で、安易なホモ・サピエンスへの適用はしていない。

 

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E6%80%A7%E3%80%8D%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96%E8%AC%9B%E7%BE%A9-%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%8F%B2%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%9F%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AC%8E-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%9B%B4%E7%A7%91-%E5%8A%9F/dp/4569850383/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

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2021年10月 3日 (日)

読書日記「「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」濱口桂一郎著(岩波新書)

読書日記「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」濱口桂一郎著(岩波新書・2021年9月発行))



 濱口桂一郎氏ことハマチャンが2009年7月発行の「新しい労働社会-雇用システムの再構築へ」(以下、「前著」と言う。)の続刊です(以下、「新著」と言う。)。新著の狙いは、2020年に経団連が「ジョブ型」を打ち出し、マスコミ(特に日経)がジョブ型への転換を煽るようになったが、その「ジョブ型」の理解は、著者の打ち出したものとは似ても似つかぬ、大間違いなので、その誤りを正すことを目的としているとのことです。



 メンバーシップ型雇用は、ジョブ型と違って、雇用契約それ自体に具体的な職務が定められておらず、いわばそのつど職務が書き込まれるべき空白の石版です。そこでは労働者と職務の結びつけ方(ジョブ型は先ずは職務があって、それと人を結びつける)、賃金の決め方(ジョブ型は職務によって決める)、労政関係の労働組合の在り方(ジョブ型では職種別賃金を職種別あるいは産業別労組が団体交渉と労働協約で決める)が異なります。

 

 メンバーシップ型では、企業は、職務のポストの空きではなく、先ずは人を見て「正社員として相応しいやる気のある人」を採用する。また、賃金については、職務(ジョブ)ではなく、「人」を見て属人的に決める。企業別に総額人件費の増分を企業別労組で交渉している。

 

 そして、著者は、このメンバーシップ型とジョブ型という概念を分析道具として使用するもので、どちらが良いかという政策的価値判断の概念としては用いていない。前著でも、なにも日本のメンバシップ型をジョブ型に直ちに変更すべきと推奨しているものではないと、私は受け止めています。

 

 前著でも、現代の日本型雇用がメンバーシップ型となっているのは、それなりの理由や社会背景があるが、そのメンバーシップ型から生じる問題点が顕著になっていることから、それを現実的な方法で改革すべきというものであったと私は読みました。

 

 その典型が非正規労働者の格差是正についての論述にあらわれています。

 

 
「直ちに職務給を変えるなどということは少なくとも短期的には事実上不可能です。短期的に事実上不可能なことが前提条件として均等待遇や均衡処遇を語ることは、結果的には当面均等待遇や均衡処遇を実施しないことの言い訳になってしまいます。」「期間比例原則のような現行の賃金制度を前提した改革の道を探ったのは、賃金制度の変更を前提としない短期であっても実施可能な政策を提起すべきだと考えたのです。」(前著105頁)

 

 さて、前著発行後、2016年に安倍内閣の「働き方改革」のもとで、「同一労働同一賃金の実現」が打ち出されて、2018年にはパート・有期雇用法の改正されて、同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)が発出されて、「日本版同一労働同一賃金」が法制化されました。

 

 これに対して、新著では、ジョブ型雇用の下での「同一労働同一賃金」がメンバーシップ型雇用の下に「導入」されたとすることは虚構であるとして批判(あるいは揶揄?)されている(と思う。)。



 いわゆるガイドラインの中で、正社員と非正規社員が同一の賃金制度をとる場合を前提として本文(本則)にて論じられているが、日本の場合には、正社員は職能給、非正規社員が職務給と賃金制度が異なる場合が通常なのに、それを本文で触れずに「注」でしか触れていない。その注の内容も、「将来の役割期待が異なる……という主観的・抽象的説明では足りず」という程度しか書かれていない。結局、同一労働同一賃金の名に値いしないものになっていると批判されている。

 


 この点は、まったくそのとおりであり、パート・有期雇用法8条を同一労働同一賃金の原則とすることは、法解釈上も多くの誤解を招くことになり、同一労働同一賃金の原則を使用すべきではないと私も思います。しかし、均等・均衡処遇の原則を、新たに政策課題として新たな立法化まで浮上させた、この10年の動きを無意味と清算することはできないのではないでしょうか。この法律を活用して、非正規労働者や労働運動がどこまで改善を獲得できるのか、労働運動にこそ期待をかけるべきだと思います。



 時に歯切れのよいハマチャン節は面白いのですが、あれっと思うこともしばしばです。例えば、高度プロフェッショナル制度について、長時間労働の抑制それ自体よりも、残業代ゼロ法案とネーミングして、時間外手当問題にのみ注目している旨の批判(新著193頁)とか、「労働組合は資本家の圧政に耐えかねた貧窮のプロレタリアートが結成したというのは九割方ウソです。」(新著263頁・中世ギルドの伝統をひく熟練職人が結成した)とか、労働側から見ると「?」と感じます。このような決めつけ部分が気になります。ちょっと極論ではないかと感じます。



 また、具体的な制度である解雇の金銭解決救済制度などについても労働側との見解の違いは大きいところがあり、個々の制度論は意見を異にするところが多々あります。



 でも、この新著で、例えば経営側は、職務給への変更を断念した後、生活給を職能給と再構成して、潜在的な職務遂行能力で説明するようにしたが、この職務遂行能力の実態は要するに正社員としての「やる気」(だから、人事評価が情意評価となる)と喝破しているような箇所がたくさん出てきて大いに勉強になります。



 著者は日本型正社員のメンバーシップ型の問題点を指摘しながらも、改革の方向を「白地に絵を描く」ようなわけにはいかないことを踏まえた上で、政策的な提言を考える姿勢には共感を持ちます。



 私は、日本型正社員のメンバーシップ型雇用をいきなりジョブ型に変更することは不可能であることは明白なのですから、無限定な職務や長時間労働、女性正社員や非正規労働者の格差問題については、メンバーシップ型を(ジョブ型雇用も参考にしながら)修正することで改善していくべきだと思います。



 長時間労働や配転が無限定なのは「日本はメンバーシップ型だから仕方がない」という現状維持の正当化論拠に「メンバーシップ型」が使われないことを切に望みます。



 新著を読んで、あらためて前著を読み直してみると、新しい労働社会への改善に向けてより深く広い提言が書かれていたのだと思いました。

 

 

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2021年9月 4日 (土)

読書日記「資本主義だけ残った」ブランコ・ミラノヴィッチ著・2021年

原題:Capitalism,Alone

 

この著者は1953年に旧ユーゴスラヴィアで生まれ、父親はユーゴスラヴィアの経済学者・外交官。著者はチトーの共産主義国でエリートとして生まれ、ベルギーで高校を過ごし、ベオグラード大学を卒業した人物。今はニューヨーク市立大学客員教授。

 

この書物の核心は「アメリカを典型とする「リベラル能力資本主義」と、中国を典型とする「政治的資本主義」が世界を制している」というもの。

 

著者の言う資本主義とは、マルクスとヴェーバーの定義と同じで「民間の生産手段によって生産が行われ、資本が法的に自由な労働者を雇用し、調整が分散化されたシステム」とする。マルクスとエンゲルスは250年前にに今日の世界を言い当てていたとする。すなわち「ブルジョワ階級は、彼ら自身の姿に型どって世界を創造する」(共産党宣言1948年)。

 

資本主義は、19世紀のイギリスの古典的資本主義、第2次世界大戦後の社会民主主義的資本主義があり、21世紀アメリカのリベラル能力資本主義がある。

 

そして、現代の中国も政治的資本主義である。生産手段が民間に所有され、資本が労働者を雇用するシステムであり、共産党が支配する異なるタイプの資本主義だとする。ベトナム等もこれに含めている。

 

ちなみに著者は、マルクスの正当性としては、資本主義が帝国主義戦争をもたらすという点と資本家が国内政治を支配するという予測を的中させた点があるが、その欠陥は社会民主主義的資本主義が生まれることを予測していなかった点と次の点にあるとする。

 

著者によれば、現実の共産主義(現存した社会主義)とは、共産党一党独裁・生産手段の国有化・中央集権的計画・政治的抑圧を特徴とするもの。このシステムはマルクスやエンゲルスの予想に反して、植民地支配された第三世界において、古い封建制を廃止し、経済的政治的独立を回復し、国有の資本主義を構築するものである。つまり、西欧において国内のブルジョワジーが果たした役割を果たすのが共産主義革命であったとする。

そして、今や中国に政治的資本主義が確立した。それは生産手段の私的所有のもとでブルジョワジーが中国にも存在しているが、共産党が政治的に支配する資本主義として、技術革新と経済成長を遂げている。そして、この政治的資本主義はアジアやアフリカに輸出されようとしている。

著者は必ずしもグローバル資本主義を賛美しておらず、リベラル能力資本主義は金権主義と不平等が深刻化し、リベラルな価値自体を自ら破壊しかない。政治的資本主義も不平等と腐敗が進行し、共産党の官僚組織が腐敗すればやはり自滅するだろうとする。

資本主義と異なる次のシステムは未だに見えず、今後、リベラル能力資本主義と政治的資本主義が対立してどちらが生き残るか、それとも一つに収斂するのか。それぞれが不平等を是正できるか、富裕層による政治支配や腐敗を制限できるかで決まると結論づけている。ピケティやサンデルに共通する流れだ。

 

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2021年8月14日 (土)

読書日記「米中対立」佐橋亮著(中公新書・2021年)

読書日記「米中対立」佐橋亮著(中公新書・2021年7月)

 これからの国際関係は、「米中対立」が基本的関係となり、それにどう対応・適応していくか(米中冷戦や軍事衝突を回避させるという意味でも)が世界諸国家に求められるということのようだ。

 この本の特徴は、米国と中国は、中国人民共和国が成立してから朝鮮戦争で米中が激突し、台湾をめぐり米中対立が決定的になったが、1972年のニクソン訪中、1979年の米中国交正常化の後は、米国が中国を経済的、軍事的に援助してきたことを指摘する点である。

 1970年代以後の米中の接近は、最初はソ連牽制のための戦略だった。しかし、米ソ冷戦が、米国の勝利で終わった後も、米国は中国との関係を重視して経済的にも育ててきた。それは天安門事件の民主派の大弾圧のあとも基本的には変わらなかった(オバマ政権末期まで)。大量の中国人留学生の受け入れ、WTO参加、軍事関連技術の提供などなどが、この40年間行われてきた。

 その理由として、米国側に、アジア地域の安定を図ること、中国の資本主義化と巨大市場の獲得、そして、中国が資本主義化することで自由で民主的な政治体制に徐々に変化するという期待があったからと指摘する。

 ところが、中国が急激な成長を遂げ、軍事的にも技術的にも巨大化し、米国に急迫する中、習近平指導部が専制的な国内体制を強化し、対外的には「一帯一路」による海外経済進出、南シナ海等への軍事進出、香港の民主派の弾圧と支配、ウイグル民族への弾圧等を一気にすすめた。しかも、中国は、自由と民主を旗印にする欧米型モデルと異なる「一党独裁・権威主義の中国型発展モデル」を世界に発信しつつある(東欧、中央アジア、東アジア、果てはアフリカの権威主義国家がこれにならう。)。そこで、米国の中国の民主化・自由化への期待は消滅した。

 なお、米国の一部の国際政治学者には、「トゥキュディデスの罠」(覇権国の軍事的衝突は必然)に陥らないよう、アジア地域の支配権を中国に平和的に譲渡する方が米国・アジアの平和と安定にとってメリットがあると提案する者もいるという。

 トランプ大統領は、米中の2国関係の取引で、米国が得をすれば、民主化や自由化、人権の尊重などおかまいなしに話をつけたであろうが、バイデン大統領は、上記のような原則的な方針のもとに中国に厳しく対応する方針を決定した。

 今後は「米中対立」の情勢が基本となる。ただし、「米ソ冷戦」のように軍事的緊張関係を回避することは可能とする。それは、中国の資本主義化によって、米国や他の世界にとっても中国の経済は工場(生産拠点)としても市場としても重要となったから。

 そこで、日本と欧州(EU)は、「米中対立」が新たな「冷戦」に至らないように、米国との関係を基調にしながらも、決定的な米中衝突を招かないような慎重な対応をすべきとしている。

 巨大な中国であっても、国際的に孤立はデメリットしかないと思うのだが。

 香港や台湾については一国二制度を継続し、国際的孤立を回避して、国内の格差問題等の諸問題を解決する方がメリットがあると思うのだが。習近平政権が専制主義に進むのは、中華民族の栄光という非合理な超ナショナリズムや超国家主義のせいなのだろうか。それは、大日本帝国と同じで自滅の道ではないかねえ。

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/07/102650.html

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«建設アスベスト訴訟の最高裁判決、そして国との基本合意書