2022年5月28日 (土)

読書日記「ウクライナ戦争における対ロシア戦略」遠藤誉著(PHP新書)

遠藤誉氏(筑波大学名誉教授)は、1941年に満州国新京(現吉林省長春)生まれの女性(現在81歳)。当時、ソ連軍の侵攻、国共内戦などの悲惨で過酷な戦争を経験した。1953年に日本に帰国するまで中国で教育を受けた。中国社会科学研究院社会学研究所の客員研究員・教授を歴任した。

著者は、ロシアのウクライナ侵攻に、ソ連軍の対日参戦の恐怖がよみがえったとして、ロシアのプーチンの残忍無比な蛮行を厳しく非難する。他方、プーチンをウクライナ侵攻に意図的に誘い込んだのはバイデンの仕業だったと厳しく批判する。プーチンのウクライナ侵攻を引き込んだバイデン大統領の意図的な罠を事実に基づき暴露、告発している。

私は、ウクライナ侵攻によって利益を得るの結果的には米国だと思っていたが、バイデン大統領が「米軍が軍事介入すると核戦争になるので控える」と言ったので、理性による抑制だと思っていた。ところが、実態は違った。バイデンの仕組んだトラップだとまでは思っていなかった。

2008年1月 ウクライナ世論調査 50%がNATO加盟反対
2009年7月 バイデン副大統領(当時)ウクライナのNATO加盟支持表明
2010年6月    親露派ヤヌコーヴィッチ大統領 NATO未加盟中立法制定
2013年11月21日 ヤヌコーヴィッチ政権 EU連合協定の調印破棄
2013年11月21日 親欧米派のクーデター「マイダン革命」(議会占拠)
2014年2月 ヤヌコーヴィッチ大統領ロシアに亡命
2014年3月 クリミア共和国の独立宣言
2014年4月 バイデンの次男がウクライナ大手エネルギー会社の役員就任し不正関与
2014年6月 ポロシェンコ大統領(親米派)~2019年5月)
2015年   ウクライナ検察の捜査着手→バイデン副大統領 検事総長解任の圧力
2015年1月 オバマ大統領 マイダン革命(クーデター)への関与認める
2017年6月 ウクライナ NATO加盟を優先する法律
2019年2月 ウクライナ憲法にNATO加盟の義務を定める改正
2019年5月 ゼレンスキー大統領就任
2020年   米国大統領選挙 バイデンの「ウクライナ・ゲート」をトランプが攻撃。
2021年9月1日 バイデン大統領がゼレンスキー会談 NATO加盟すすめる。(独仏反対)
2021年10月  ウクライナ軍が東部ドネツク州親ロ派地域にドローン攻撃
        ドイツはミンスク合意の停戦協定違反とウクライナ批判
2021年12月7日 バイデンがプーチンに米軍はウクライナに派遣しないと表


バイデンは、ウクライナをNATO加盟に誘い込み、ロシアの軍事侵攻を誘うように意図的に政治工作をし、最後に、ロシアが軍事侵攻しても米軍は派兵しないと明言してロシアを軍事侵攻に誘い込んだ。

バイデンが受ける利益は、「ウクライナ・ゲートのもみ消し」、「NATOの拡大と結束強化」、「ロシアの天然ガスから米国のLNGガスへの転換で莫大な利益獲得」、「兵器供与の利益獲得」、そして、長期的には「中国の同盟国のロシアの弱体化」を得る。

なるほど。流石にアメリカでずる賢くスマートに自国の利益をあげるものだ。

中国については、必ずしもロシア擁護いってんばりではないとし、アメリカにはめられたロシアを困惑して凝視しているとする。台湾への軍事侵攻はない(ただし台湾が独立しようとしない限り)。中国は、2035年までに経済的に台湾を包摂・支配して、半導体企業などを抱き込んで、親中政権をたてることを目指しているという。

これに対抗して、米国は、ウクライナでやったような台湾政府に罠を仕掛けて、日本や韓国を巻き込んだ挑発をするのではないかとの危惧を著者は抱いている。より端的に「米国は対中包囲網を築くと言いながら、情勢が変われば、日本を見捨てることくらい平気でする」と述べている。

今後のウクライナの停戦にとって、ウクライナがNATO加盟を断念することが必要となり、停戦のためには中国が重要の役割を担うことになり、習近平が虎視眈々と機会をうかがっていると分析している。

著者は、ベトナム戦争から中近東の戦争まで、常に米国は戦争ビジネスでもうけてきたと批判する。日本は米国の手玉にとられつづけてきた。今や、国際情勢を経済・政治・軍事・地政学的情勢を冷静に見据えて進路を誤らないようにすべきだと述べる。

著者の結論は、日本はアメリカに頼らないで「軍事力をもった中立国」を目指して中立外交を展開すべき、と言う。

 

ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか (PHP新書)

 

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2022年5月25日 (水)

「危機の時代」(E.H.カー著)再読 ウクライナ侵略によせて

読書日記「危機の時代」E.H.カー著(岩波文庫)

本書は、英国人のE.H.カーが1939年7月に入稿して、同年9月の第2次世界大戦勃発後に出版された。この本は「来るべき平和の創造者たち」に手向けられた国際政治学と国際法に関する古典。E.H.カーは、ご承知のとおり、「歴史とは何か」「ボリシェビキ革命」等の著作で有名です。ロシアのウクライナ侵略を目の当たりにして再読しました。

E.H.カーは、第1次世界大戦後に外交官としてベルサイユ条約交渉を担当した経験に基づき、その後20年の「危機の時代」を「理想と現実」の緊張関係から見て「来るべき平和の創造者たち」に向けて提言を書いている。ユートピニズムもリアリズムとバランスをとらなければいけないという立場からユートピアニズムを批判しています(社会主義や自由放任主義や絶対平和主義も理想論という意味でユートピアニズムと位置づけています。)

第1次世界大戦後のベルサイユ条約でドイツに過酷な条件で屈辱を与えた結果、超民族主義者のヒトラーを呼び出して、第2次世界大戦に至ったと分析しています。今回のロシアのウクライナ侵略も、冷戦後にロシアに対して過酷な条件と屈辱を与え、その結果、プーチンを呼び出してウクライナ侵略を呼び込んでしまった点で同じ轍を踏んでいます。

国際関係は、国家を超えた権力が存在せず、国際的道議や国際法も確立をしていないので、国家単位の政治的・外交的交渉で決するしかない。比較できるのは、先進的な民主主義の資本主義国家の労使関係に似ている。実力(ストライキ等の大衆行動)と交渉のバランスによって合意を見いだす点では一緒だと言います。実力(ゼネスト)を行使すると、労働側も資本側も双方傷つくのがわかっている間なら妥協的平和を得ることができると言います。

「国際分野における政治権力は、(a)軍事力、(b)経済力、(c)意見を支配する力である。」

「クラウゼヴィッツの「戦争は他の手段による政治的関係の継続のほかならない」という有名な警句は、レーニンやコミンテルンによって繰り返し支持されてきた。」

「過去の偉大な文明はすべて、それぞれの時代の軍事力で優位を占めてきた。……強大国として評価されるのは、通常、大規模戦争を戦って勝利したその報償のようなものである。プロシア・フランス戦争後のドイツ、そして対スペイン戦争後のアメリカ、さらに日露戦争後の日本は、よく知られた最近の事例である。」「日露戦争が終わる1905年まで「慇懃な小男ジャップ」は、同戦争勝利後は逆に「東洋のプロシア人」へと変わった。」

「過去百年の重大戦争のうち、貿易や領土の拡大を計画的、意識的に目指して行われたという戦争はあまりない。最も重大な戦争は、自国を軍事的に一層強くしよとして、あるいは、これよりもっと頻繁に起こることだが、他国が軍事的に一層強くなるのを阻止するために行われる戦争である。」ナポレオンのロシア侵攻も、クリミア戦争の英仏の参戦もそういう理由であった。

「1924年のソヴィエト政府は、日露戦争の始まりについて、「1904年日本の魚雷艇が旅順港でロシア艦隊を攻撃したとき、それは明らかに攻撃的行為であったが、しかし政治的にいえば、日本に対するツアー政府の侵略的政策によって引き起こされた行為であった。日本は危険を事前に防ぐために敵に先制の第一撃を加えたのである。」と国際連盟に表明している。

こうして戦争は、主要戦闘国すべての胸中においては防御的ないし予防的性格をもつものであった。」

ということで、ロシア側にとっては、今回のウクライナ侵略もNATOの拡大を阻止し、将来の侵略に対応する防御的かつ予防的戦争ということになる。長年の戦争のいっかんである(21世紀かどうかは関係ない)。

今や、ロシアのウクライナ侵略から3ヶ月。以前予想したとおり長期戦(一年以上)となることは必至。米国の思うつぼであり、さすがアングロサクソンはすごいと感心する。

現時点の「一人勝ち」は米国。ウクライナに軍事援助して、長期戦に持ち込み、ロシアを弱体化し、NATOの拡大と西欧と日本・韓国の政治的な結束を入手した。経済的にも軍事産業やエネルギー産業が大きな利益をあげる。

ウクライナをコントロールしてNATO加盟に踏み出させたのはバイデンの勝利であった。

他方、中国は機を見ているのであろう。今年9月の共産党大会での習近平の任期延長を獲得した後、ロシアとウクライナ間の仲裁に入るのではないか。そこで成果をあげれば国際的な政治的地位もいや増し。台湾にもにらみがきいて、台湾独立を完全に阻止して経済的に優遇・支配して、親中政権(民進党でなく国民党)の獲得を目指すだろう。

しかし、中国は、軍事力と経済力はあるが、意見を支配する力が欠如している。ロシアに対して、ウクライナ侵略を明確に批判する姿勢を示せば良いものを(対ロ制裁をどこまでするかは個別判断)。ロシアを明確に批判しない以上、台湾や南シナ海への軍事進出の意志ありと、周辺国家と国民に思わざるをえない。孫子の兵法に反しているよなあ。米国は表では綺麗事を言って裏では汚いことをいっぱいしているのだから、中国がそれと同じように建前だけでも綺麗事言えば良いのに。そうしないのが不思議であるが、中国共産党が支配する以上、未来永劫変わらない宿命なのか?いや、イデオロギーではなく、中国やロシアの社会慣習や文化の帰結なのだろう。

 

 

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2022年5月 4日 (水)

読書日記「新・EUの労働法政策」濱口桂一郎著(2022年)

 ハマチャンこと濱口桂一郎さんに、「新・EUの労働法政策」(独立行政法人労働政策研究・研修機構・2022年4月発行))の御著書をお送りいただきました。ありがとうございます。2017年の「EUの労働法政策」(旧版)の続刊ですが、2010年後半以降のEU労働法の大きな進展(シフト制やプラットフォーム労働等への対応)を反映して、まさに「シン」EU労働法政策版です。

2017年旧版では労働条件法政策として、2000年に開始された「雇用関係の現代化と改善」の「経済的従属労働」に関する協議に対して、欧州経団連が突き放した対応に終始し、新たな動きがないとして記述が終わっていました。


ところが、この新版では、ユンケル欧州委員会委員長が重視した欧州社会権基軸(2017年勧告)や現ライエン欧州委員会委員長の下で、透明で予見可能な労働条件指令などが出されて、プラットフォーム労働指令案やAI規則案などの大きな進展が見られており、その概要が紹介されています。(なお、EU法では「指令」はEU加盟国に国内法制制定の拘束力を及ぼすが加盟国内に直接適用されない、「規則」はEU加盟国の私人に直接的適用されます。「勧告」は法的拘束力はない そうです。)


「透明で予見可能な労働条件指令」(2019年6月)は、いわば労働条件の書面通知の強化指令ですが、通知すべき対象者の範囲を拡大して労働者の拡大につながり(案段階では被用者の定義の拡大(プラットフォーム労働を含む)が含まれていたが、最終的には削除された)、手続的規制ですが、最低保障賃金支払や最低保証時間の通知を義務づけることでオンデマンド労働(日本でいえば「シフト制」労働)に対して間接的・手続的の規制をしています。

 

現在「プラットフォーム労働指令案」が2021年9月に欧州委員会から提案され、プラットフォーム労働(プラットフォーム労働遂行者とプラットフォーム労働者(雇用関係あり)に二分されている!)に関して、雇用関係の法的推定の条項が提案されています。プラットフォーム労働についてのアルゴリズム管理について規制も条項として提案されています。


さらに、EUの「人口知能規則案」も2021年4月に欧州委員会から提案され、基本的人権に対してハイリスクを含む「雇用、労働者管理及び自営へのアクセス」について、AI利用に対する規制する規則案が提案されて協議が開始されています。この場合、AIの利用者とは、AIを雇用管理等に利用する使用者への規制です。労働者側の欧州労連は、規則案は不十分であり、労働者の情報開示、情報へのアクセス、訂正、消去、処理の制限などを要求し、日常用語によるアルゴリズムの説明可能性が必要であると提言しているといいます。

 

日本でも現実に事件となっている「シフト制」(裁判)、「Uber EATS団交拒否事件」(都労委)、「日本IBMのAI不誠実団交事件」(都労委)に関連するEUの労働立法の動きを知ることができます。ほかにもハラスメントや労働時間法制、テレワークなどEUの労働法制が全体的に俯瞰されており、文字も大きくなって読みやすくなりました。

著者は、1999年に「EU労働法の形成ー欧州社会モデルに未来はあるか?」を上梓されていました。原点であろう同書で、著者は「ヨーロッパ社会モデル」は「アングロサクソン社会モデル」からの挑戦を受け、「労働者保護が目指した社会的規制が経済的に企業の力を失わせているという問題であり、競争力を回復するために硬直的な労働市場をもっと柔軟にしていかなければならない点」という新自由主義からの挑戦に直面しており、「欧州社会モデルに未来はあるか?」と自問されていました。

本新版では

「2010年代前半がEU労働社会政策の衰退の時代とするならば、2010年代後半はその復活の時代と呼ぶことができよう。その旗頭になったのは欧州社会権基軸という政策理念であった」

と少し高揚感を感じさせる書きぶりです。EUの労働法に興味あるかたには超お勧めです。

EU欧州委員会委員長の前ユンケル委員長は元ルクセンブルグ首相のキリスト教社会人民党の政治家 現在のライエン委員長はドイツのキリスト教民主同盟(CDU)の労働社会大臣、国防大臣を歴任した政治家で、どちらも欧州の中道保守政治家ですね。このあたりが日本とは大きく違います。

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2022年4月24日 (日)

「国連本部を日本に!」-加藤典洋氏の提案

 ロシアのウクライナ侵略で「やはり日米安保は必要だ」と多くの日本人が思っているだろう(私も半分はそう感じる。)。もっとも、中国・北朝鮮がプーチンのように核戦争を辞さずと言えば、米国が日本を防衛するかどうかはわからんと思うが。

 ところで、日米安保がなくとも日本の安全保障を維持する対案を加藤典洋氏が提言をしていました。2019年に亡くなった加藤典洋氏は、文芸評論家として名高く、さらに憲法9条についても三部作を著している(「9条入門」「戦後入門」「9条の戦後史」)。

 加藤氏は、「立憲的護憲派」で「日米安保条約の解消(米軍基地の撤去)」と「日本の安全保障の確保」を目指します。彼は伝統的護憲派からは強く非難されています。加藤氏の戦後体制と憲法9条に対する歴史認識については多くの史料をもとに上記三部作で詳細に論じられています。

 私なりに、これを超乱暴に要約すると(間違っているかもしれないが)

① 敗戦後に対日理事会の天皇訴追の圧力を回避するため、マッカーサーが天皇制を維持するため旧保守層に憲法9条の導入を認めさせた。

② 米ソ冷戦が激化し、国連の集団安全保障が機能しなくなったため、米国が日米安保条約を日本に締結させて日本国土を米軍が自由に利用できるようにして極東米軍の補完のため自衛隊を創設した。


③ 日本人が自らの国家主権を維持して、自国の平和を維持するためには、日米安保条約を解消して自衛のための武力組織を持たなければならない。


④ そのためには、日本は過去の侵略戦争を反省し、国連中心主義を基軸として自国の安全保障を構築すべきである。

 加藤氏は、次のような具体的な対案を提起しています。

第1点は、憲法9条を改正して、自衛隊を二つに分けて、治安出動を禁止された「国土防衛隊」と国連の集団安全保障体制に協力する「国連待機軍」を設ける。また、外国軍基地の国内での設置を禁止する条項を設ける。

第2点は、国連本部を日本に招致し、国連予算の全てを日本が負担する。

 国連の1年間の予算は2022年で約30億ドル(120円換算で3600億円)となるが、日本の在日米軍関係経費は7970億円(令和4年度予算防衛省発表)にのぼり、国連全体の予算の2倍以上です。そこで、日本は国連本部を日本(沖縄)に誘致し、国連予算の分担金として100%全て出せます(今は日本の分担金比率は8%、米国が22%、中国15%)。安保条約がなくなるから在日米軍に払っている予算は不要になるからお釣りがきます。

 日本(例えば、沖縄や北海道)に国連本部が設置されれば、中国やロシアもなかなか攻撃できないでしょう。

「思いつき」「笑い話」「夢物語」

 でも、このくらいの大風呂敷を広げないと、これから何も変わらないでしょう。フィンランドのケッコネン大統領は「国の地政学的環境と利害関係の折り合いをつけて予防外交に徹し、他国をあてにしないこと」と述べた。そのフィンランドが今やNATO加盟しようとしていますが。

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2022年4月17日 (日)

ロシアのウクライナ侵攻と「日本国憲法9条」と日本の対応

ロシアのウクライナ侵攻は違法な「侵略」そのものである。ウクライナがNATOに加盟し、仮にそれがロシアの安全を脅かすものであったとしても、ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反の他国への侵略行為にほかならない。

 国連憲章上は、この侵略行為に対して、ウクライナは個別又は集団的自衛権を行使することができる(国連憲章51条)。国連の安保理は、その侵略行為に対して「緊急の軍事措置」をとることができる(同42条)。また、国連加盟国は、安保理の要請に従って兵力などの便益を提供する義務を負う(同43条)。

 ロシアや米国や中国などの常任理事国が侵略を行った場合(米国のイラク侵攻もそうだった。)には、この国らが拒否権を行使するから、国連(安保理)は機能しない。

 では、日本国憲法9条をもとにすると、この事態に日本はどう対応できるのか。

 三つの立場があるだろう。

① 一つ目は、9条を絶対平和主義の非武装中立条項だと解釈して、ロシアやウクライナ、そしてNATO諸国に対して、軍事援助も含めて一切の軍事措置に反対して即時停戦を訴える伝統的護憲派の立場。

② 二つ目は、9条は非武装平和主義ではなく個別自衛権(武力による自衛)を許容していると解釈し、必然的にウクライナの自衛権行使やNATO諸国の軍事援助を容認し、日本もウクライナの側にたって援助する立場。ウクライナに対してどのような援助をするかは、「非軍事から軍事まで」の幅でいろいろな選択肢があり、情勢を見て個々に判断する。当然ながら軍装ヘルメットや防弾ベストは援助できる(おそらく国民の多数派であろう)。集団的自衛権は否定するので兵器や兵員の援助はできない。

③ 三つ目は、9条は国連の集団安全保障体制(軍事措置)を前提としていると解釈して、侵略行為に対して国連の軍事措置(42条)ができない場合であれば、国連憲章51条に認められた集団的自衛権に日本も協力することができるという立場。この解釈は、日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の定めを国連の集団安全保障だけでなく、集団的自衛権にも依拠すると解釈する(今の政府の立場)。もっとも集団的自衛権とはいえ、遙か遠い欧州の戦争まで軍事的援助(兵員派遣や兵器援助)ができるかは今の政府内でも異論が出るだろう(中国・台湾間の軍事紛争なら可とするだろうが)。

 さて、どの立憲的な観点からは、どの立場が良いだろうか。

 自衛隊が9条違反という立場に立つと、①の立場が論理的帰結となる。

 他方、日本国憲法9条が個別的自衛権、専守防衛の軍隊(自衛隊)を許容しているという立場であれば上記②となる。ただ、憲法典の条文と憲法法典制定過程の国会審議に忠実で、その後の憲法事実の変遷を解釈に反映させるべきではないという法実証主義的な立場からすると、②と③の選択は憲法9条改正すべきことになる。

 ドイツ政府(社民党、緑の党)は、ウクライナには最初はヘルメット援助だけだったが、徐々に兵器援助を広げてる。ドイツ政府は、自国が直接戦争に巻き込まれないか、ロシアがガス・石油等の輸出を止めないかという情勢判断に悩んでいるのだろう。

 

 

 

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2022年3月27日 (日)

ウクライナのロシア戦争とフィンランドの冬戦争


ウクライナ軍とロシア軍の戦争が毎日ニュースになり、コンピューターの戦争ゲームのように、軍人あがりの国会議員や安全保障の専門家がテレビで日々の戦況について語っている。判官贔屓でウクライナがんばれと思う。

でも、軍事のリアルの法則として、ウクライナ軍は単独でロシア軍を排除することができるのだろうか?
そんなことはまずないだろう。もはや長期戦になる。そうなれば、多大な民間人の犠牲を負うのは被侵略斟酌国家側なのだ。

最も似ているのは第二次世界大戦のフィンランドとソ連との冬戦争である。
3ヶ月の間にフィンランド軍はソ連相手に善戦したが、結局は孤立無援で敗北した。プーチンやロシア軍の参謀は、このフィンランドの冬戦争を当然に下敷きにしているだろう。

1939年11月30日、ソ連軍がフィンランドに侵攻。口実はフィンランドの社会主義政権が助けを求めているということだった(今のロシアの侵略と同じような口実)。

ソ連赤軍の兵士は、「資本主義の搾取と抑圧に苦しむフィンランド人民を解放するために解放軍として駆けつける。フィンランド人から歓迎される」と思っていた(今のネオナチに苦しむウクライナ人を救済するためと一緒)。

ところがどっこい、強靱なフィンランド軍(司令官は英雄マンネルヘイム将軍)の抵抗にあってびっくり。

スターリン60歳誕生日の1939年12月21日までに全てを電撃的に終えようと思ったところが思うようにならず、スターリンはびっくり仰天(今のプーチンと一緒)。

国際的にソ連は轟々と非難されて国際連盟から除名された。
これが国際連盟の最後の仕事で国際連盟はその後崩壊(今の国連はロシアを除名ところか、常任理事国排除もできない)

当時、英仏はフィンランドに援軍する援軍すると言いながら、結局援軍を送らなかった(今の米国とNATOと一緒です)。
ナチス・ドイツもソ連に距離を取り始めた(このナチス・ドイツは今の中国の役どころ)。
ソ連赤軍の無能さだけが目立った(でもって、ヒトラーはソ連に勝てると攻撃した一因になった)。

スターリンはさすがにまずいと思って、司令官をティモシェンコ将軍に変えて、1940年2月1日からフィンランドに対して、大攻勢をかけてフィンランド軍防衛線を瓦解させた(これから予想されるロシア軍の戦術核兵器やサリン化学兵器の投入)。

当時フィランドは1940年2月19日に外国からの援助は受けられないと悟って、講和交渉を開始(今、ウクライナも譲歩しつつある)して、3月13日に講和条件(当初のソ連の要求より過酷な条件)をのんだ。両軍の先頭は講和交渉の条件と密接に関係していたそうだ。1メートルでも多く支配地域を広げ押し返す状況で停戦条件が決まるという冷徹な原則。

このフィンランドの冬戦争、ソ連軍は8万5000人が戦死。フィンランド軍は2万5000人が戦死。フィンランド軍はよく戦った。

私の若い頃、ベトナム戦争が同時進行でテレビで報道されていたとき、小国ベトナムがアメリカに勝てるわけがないのだから、ホーチミンのベトナムは降伏した方が良い、なんて当時の私はつゆとも思わず、「アメリカはベトナムから出て行け」「英雄的なベトナム民族の自衛・解放闘争万歳」と信じて疑わず、デモにもいったよな。

でも現実では、ウクライナ単独ではロシアには勝てないだろう。ベトナムやアフガンのように長期ゲリラ戦で戦うしかない。
他方で、ロシアが限定核兵器やガス兵器を使用したら、どっかでNATO軍とロシア軍が衝突するかもしれない。

でも世界中で一番抑制的なのはアメリカ合衆国(バイデン大統領)。第三次世界大戦だけは回避するという宣言は安心できる。
また客観的に見れば、一番に利益を得ているのはアメリカだ。
そして、機を見て中国がロシアとウクライナ間の仲介するだろう(虎視眈々と狙っているはず)。
仲介が成功すれば、中国の地位が上がる。でもって、中国が国益上の利益を得ようとするだろう。
中国はウクライナ戦争とその仲介力で、台湾への支配介入のための道具、武器とするだろう。
まさに孫子の兵法。

国際政治は、そういう流れで動くと思う。

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2022年3月13日 (日)

ロシアのウクライナ侵略とフィンランドの歴史と外交政策

読書日記「危機と人類」ジャレド・ダイアモンド著(2019年・日本経済新聞社刊)

 危機にあたって国家はどう対応したのか、危機克服のためにどういう要素を考慮すべきかを、フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカの歴史から考察した書物。今のウクライナは、過去の「フィンランドの対ソ危機」と同じ。歴史は繰り返すを地で行く。以下、私なりの要約。
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 フィンランドは、1809年にロシア帝国に併合されて、1894年にニコライ二世の圧政下にはいった。1917年にロシア革命が起こるとフィンランドは独立宣言したが、国内で社会主義革命を目指す赤衛軍とドイツの支援を受けた保守派の白衛軍との内線となり、白衛軍が勝利して、その後は左派勢力が弾圧、虐殺された。

 スターリンは1930年代末、ドイツの脅威に備えて、英仏ポーランドと防衛協力を申し出たが、これを拒絶されたため、1939年8月に独ソ不可侵条約を調印。同年10月、ソ連はフィンランドにソ連フィンランドの国境線の変更と海軍基地の設定を要求したが、これをフィンランドは拒絶し、同年11月から戦争が開始された(冬戦争)。スターリンはフィンランド民主共和国を設立させて、同国の防衛のためだと主張(今のロシアのウクライナ侵攻と一緒)。

 当時、ソ連は人口1億7000万人、フィンランドは370万人。フィンランド軍と国民は圧倒的なソ連軍に良く戦ったが戦死者は10万人(人口の2.5%)。ソ連軍の陸軍の戦術は拙劣で多大な損害を出した。フィンランド人の死者1人当たり、ソ連兵8人が死んだ。他方で、英仏は援軍を送ると口では言いながら、まったく援軍を送らなかった。外国人義勇軍が1万5000人がフィンラドに味方した。結局は冷徹な軍事力の差には勝てず、フィンランドはわずか開戦半年後1940年3月に講和して、最初の条件より不利な条件をのまされた。

 1941年6月にナチス・ドイツはソ連を攻撃し、同時にフィンランドはナチスと共にソ連に宣戦布告して占領されたカラリア州など奪還する。これを継続戦争という。当時は、フィンランドに苦戦したソ連軍は弱いと考えられ、ナチス・ドイツが勝利すると世界中が思っていた。でも、結局はソ連が勝利し、フィンランドはソ連と休戦協定を結んで同様の条件と多額の賠償金を支払うことになる。

 そこで、1945年以後、フィンランドは、ソ連の逆鱗に触れないよう、でも独立と、自由と民主主義体制の維持と西側との関係維持という「綱渡り外交」をとった。他の西側からはソ連におもねる「フィンランド化」と揶揄されたが、フィンランドの歴史を見ればやむを得ない。

 フィンランドのケッコネン大統領(任期1956年~81年)は、スターリンの思考は「イデオロギーでなく地政学的な戦略」であると喝破し、外交方針は「わが国の地政学的環境を支配する利害関係との折り合いをうまくつけること……予防外交であり、危険が間近にくる前に察知し、危険を回避する対策を講じること……国家は他国をあてにしてはいけない。戦争という高い代償を払って、フィンランドはそれを学んだ。……外交問題の解決にはさまざまな感情-好きとか嫌いとか-を混ぜ込む余裕はつゆほどもないことも学んだ。現実的な外交政策は、国益と国家間の力関係という国際政治の必須要素に対する認識に基づいて決定されるべきである。」

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日本は、第二次世界大戦に敗北したが、何を学んだのだろうか?アメリカの占領政策があまりにうまかったので、日本人は支配されているという感覚もなく、対米依存・従属のままで経済発展できた。そのため、ケッコネン大統領のような冷徹な認識に至らなかった。

だから、非武装中立が一番だとか、また、政府指導者らは今でも核兵器保有国(中国、北朝鮮、ロシア)に対して、日本も核武装・共有するとか、敵地を攻撃するとか、自国の地政学的環境を無視してお目出度いことを言うのではないか。

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2021年11月 3日 (水)

2021年総選挙に思う 衆院比例区の分析

2021年総選挙に思う

11月3日は休日なので、今回の衆院選挙比例区の結果を整理してみた。

 

■比例区の政党得票率・数の近年の数値をあらためて見ると、各政党の得票数・率は、実はそれほど大きな変化はないのがわかる。

 

★主な衆議院比例区選挙の主要政党の投票数・率の推移表

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この比例区への得票数・得票率には、有権者の政党支持の様相が素直に出る。2013年参議院選挙は抜けているが、傾向をつかむのが目的。小選挙区は各政党の候補者数等の要素で変動が激しい。有権者の政党支持数・率は出てこない。その意味では、小選挙区でどう選挙戦をたたかうかは、各政党の戦術が重要であり、各党の手練手管が見物であり、勝負どころなのだろう。

 

■実は比例区では負けてない立憲民主党

 

上記表を見れば、立憲民主党は、2018年総選挙よりも、比例区は得票数・率とも増えている(20%で1149万票)。国民民主党も4.5%で259万票を獲得している。

 

立民・国民両党の合計では、24.5%で1406万票であり、民主党下野後の最高得票なのである。(2009年の民主党の42.4%、2984万票が特別の異常値だった)。

 

共産党は7.2%、416万人で実はずっと変わりがない。社民党も長期低空飛行で傾向が変わらず(今回よくもったというのが正直な感想)。そして、立民+国民+共産+社民を合計すると33.5%と1925万票で、今回の自民党比例票に匹敵する。これに「れいわ」が合流すれば逆転である。もっとも、そうなれば、自公に維新がつくだろう。

 

■立憲民主党は小選挙区でなぜ負けたのか(勝てなかったのか)

 

では立憲民主党は、小選挙区で共産党と議席調整したにもかかわらず、なぜ勝てなかったのか。

 

共産党との共闘の結果だ(中道や保守系が離反した)との説がある。

 

しかし、立憲民主党は、前回と比較して、比例区の得票率も得票数もわずかだが増えている。もし、共産党との共闘が嫌われたのであれば、比例票も国民民主党にもっと流れたはずである。国民民主党の比例票はおそらく前回希望の党を支持した層から来たものと推定できる。維新に投票する人の多数派はもともと反労組(特に強固な「反官公労」)の立場なので、立憲民主党にはいれないだろう。

したがって、データ上は「共産共闘敗因説」は成り立たないのではないか。少なくとも大きな要因ではないだろう。

 

今回は維新が比例区で14%、805万票を獲得した。前回2017年総選挙では6.1%、338万であったので躍進である。ただし、前回2017年は希望の党があり、17.4%で967万票を獲得しておりそのあおりで減らした(だから新党ブームのあだ花だと東京にいる私は思っていた)。前々回の2014年総選挙では維新は15.7%で832万票だから、希望の党が消滅したため、もとにもどったともいえる。

 

維新は、大阪を中心に近畿で小選挙区で躍進し、全国各地でも小選挙区で存在感を示し、比例区票も獲得した。この政党は、自力をつけた。もはや新党ブームのあだ花でなく、今後も有力政党になるであろう(私個人では、およそ賛成できない政策・体質だが、それはそれとして)。

 

立憲民主党が小選挙区で勝ちきれなかったのは、維新の躍進・復調に足下をすくわれたと言えるのではないか。

 

「れいわ」も、3.9%と221万票と健闘した。これも前回に希望の党に投票した人が、清新さを求めて、「れいわ」に投票した方が多かったのではないか。

 

前回希望の党にいれた17.4%の有権者の8%が維新に、4%が「れいわ」に、3.9%が国民民主党に投票したにではないか。その意味で立憲民主党は、希望の党にいれた中道右派層を獲得できなかったといえよう。この点で維新とのたたかいに破れたのではないかと思う。

 

こう考えると、立憲民主党は、維新や「れいわ」に比較して、新鮮さや清冽さ、党首の魅力、政策がリベラル岩盤層向けの規範主義的理想論(優等生的・学校的あるべき論)を並べ立てて現実の生活感覚から乖離したから、小選挙区で勝ちきれなかったと個人的に思う。言い換えれば、構造的な原因や共闘路線の失敗ではない。

 

立憲民主党の戦略的なパフォーマンスと政策提言の向上で勝機はあると思える。来年の参議院選挙までに立て直せるか?

 

■連合の組合員の投票行動は?

さて、日本のナショナルセンターの連合の組合員の票はどうなったかを検討してみる。
参考にしたのは、連合自身が2019年に組合員の政治意識調査をして発表している。

 

★連合「第7回政治アンケート調査」結果の概要2019年である。WEBに公表されている。

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連合の組合員数は約700万人。官公労は約100万人で、民間労組は約600万人だろう。このアンケート調査結果によれば、「支持政党なしが36%。国民と立民支持合計で35%、自民党支持は20%。」だそうだ。その他・答えずの約10%は、その他の野党又は公明党支持だろう。

 

組合員の投票率は85%を超える。この点はさすがだ。一般の投票率は55%程度だから立派なものだ。

 

というわけで、組合員で投票に行くのは全体の85%の600万人ということになる。そして、自民党に投票する組合員が2割で120万人となり、国民か立民に入れる固定層は216万人となる。

組合員の無党派の210万人の多くも野党系にいれるだろうが、組合員の大多数が大企業正社員かつ男性であろうから、維新に投票する組合員も多そうである。

 

さて、今回総選挙の国民民主党の比例区の得票数は260万票である。連合が立民の共産党との共闘を強く批判していたことからすると、連合組合員の多く(特に民間労組)は国民民主党にいれた可能性が強い。そして、上記の民主党系固定支持者の216万人の推計と、国民民主党の比例獲得票数260万票と一致する。

 

他方、立憲民主党の比例区獲得票数は1149万票で、連合の組合員数以上の国民の支持を得ている。連合の組合員、特に官公労の組合員の支持を得ているであろうが、より幅広い国民からの支持を得ている。他方で、国民民主党は大企業労組の組織政党の色合いが強い(言うまでもないか。当たり前かも)。また、国民民主党は明確な原発推進路線であり、幅広い国民の支持を受けるのには疑問符がつく。

 

上記のとおり、連合の組合員の多くは国民民主党に入れたと推測できるので、連合の組合員が支持する政党がなくなって戸惑ったとはデータ上は言えないのではないか。

 

要は、国民と立民の棲み分けはできており、あとは政党として、両党がどのような政策的、政治実践の連携をとるか、である。それこそが野党政治家に求められているミッションであろう。

 

路線の主導権をめぐって相互に叩き合うのは愚かなことではないかね。

 

 

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2021年10月24日 (日)

読書日記 「性の進化論講義」更科功著(PHP新書)

「性の進化論講義」更科功著(PHP新書)2021年8月発行

最近はやりの人類の性差論かと思いきや、まっとうな進化論の講義でした。

さて、オスとメスがいるのは有性生殖の場合。

 

私の高校時代の生物の知識では「原始的な生物が無性生殖で、より高度な複雑な生物は有性生殖と進化した」ということでした。
ところが、現代の進化論では、上記のような素朴な考え方は否定されている。

 

無性生殖の方が、実は効率性やコストが少ないとのこと。

 

それではなぜ有性生殖が幅をきかしているのか(無性生殖の生物も珍しくないそうですが)。

いろんな学説があるが、有力な学説は、病原体(寄生者)に対抗する免疫システムを獲得するためだそうです。

 

個体にとって、捕食者よりも、病原体の方が脅威となっている(ライオンで捕食されるよりも、病原体で死ぬ方が圧倒的に数が多い。100年前のスペイン風邪と第一次世界大戦を比較しても、1000万人以上死んだスペイン風邪の方が脅威)。

 

無性生殖だと、免疫を決める遺伝子がワンパターンであり、危険な病原体に直面すれば同じ遺伝子が多いその生物は絶滅する危険性が高い。

 

人間だと抗原や抗体を司るMHC遺伝子は両親から二つしなかい。しかし、有性生殖だと、多種多様ないろんなMHC遺伝子の組み合わせが生じる。したがって、病原体が現れても、ある個体は免疫がきかず抵抗できないが、ある個体は有効な抵抗力がある場合もある。種としては生き残る。

 

よって、有性生殖はオスとメスは、病原体との競争結果で有性生殖の方が生存や繁殖に有利だったからという理論があるそうだ。

 

ちなみに、ホモ・サピエンスは7万年前頃にアフリカを出た。先にヨーロッパや中東に進出していたネアンデルタール人と部分的交配して全世界にホモサピエンスは広がった。xアフリカを遅く出発したホモ・サピエンスは、アフリカの病原体に対する免疫しかなかったが、ネアンデルタールと交配することで、アフリカ以外の病原体に対する免疫をもつMHC遺伝子を獲得した。ネアンデルタール人のMHC遺伝子は、アジア人の方が多い。アフリカに遅く発したホモ・サピエンスは、アフリカの病原体に対する免疫しかなかったが、ネアンデルタールと交配することで、アフリカ以外の病原体に対する免疫をもつMHC遺伝子を獲得したと考えられるとする。

この本には書かれていないが、新型コロナの流行の感染者と死者の比率や数が、ヨーロッパとアジアで大きく異なることとの関係を妄想してしまう。ヨーロッパ人と東アジア人の遺伝子的差がやはりあるのかもしれない。


著者によれば、進化論は、自然淘汰の理論であり、個体が遺伝的変異を経て世代ごとに変化する理論。

自然淘汰とは、 要するに「子供を多く残すことができるかどうか」で決まる。そのために、環境に有利な形質や生存に有利な形質が変異で生じて次の子供に承継されることが必要。

 

進化の自然淘汰は、次のような条件で生じる

 

① 同種の個体間に遺伝的変異が生じる(異なる特徴が子に遺伝する)
② 生物は過剰繁殖する(親の個体よりも多くこども生む)
③ 遺伝的変異によって、生殖年齢に達する子の数が異なる。
④ より多くの生殖年齢に達する子が持つ変異が、より多く残る。

オスとメスとの関係性は、この自然淘汰の理論で決まってくるとのこと。偶然性で決まる遺伝的変異、環境との適応関係、自然淘汰、性淘汰によって確率論的に決まるようだ。子供を育てる形質や、異性をめぐって闘争するのがオス同士の場合もあればメス同士の場合もあるとのこと。

 

メスの配偶子製造コスト+メスの子育て期間 > オスの配偶子製造コスト

 

この場合にはオス同士がメスをめぐって争う。例えば、ゾウやライオン。

 

メスの配偶子製造コスト < オスの配偶子製造コスト+オスの子育て期間

 

この場合にはメス同士がオスをめぐって争う。例えば、南米にいるある鳥類。

 

以上の例は、妊娠や子育て期間は、メスは繁殖(生殖)行動をしない場合。

 

では、妊娠、子育て期間でも、繁殖(生殖)行動をする例外的な生物であるホモ・サピエンスの場合はどうか。直接的な答えは書かれてていない。このあたりは極めて慎重で、安易なホモ・サピエンスへの適用はしていない。

 

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E6%80%A7%E3%80%8D%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96%E8%AC%9B%E7%BE%A9-%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%8F%B2%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%9F%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AC%8E-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%9B%B4%E7%A7%91-%E5%8A%9F/dp/4569850383/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

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2021年10月 3日 (日)

読書日記「「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」濱口桂一郎著(岩波新書)

読書日記「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」濱口桂一郎著(岩波新書・2021年9月発行))



 濱口桂一郎氏ことハマチャンが2009年7月発行の「新しい労働社会-雇用システムの再構築へ」(以下、「前著」と言う。)の続刊です(以下、「新著」と言う。)。新著の狙いは、2020年に経団連が「ジョブ型」を打ち出し、マスコミ(特に日経)がジョブ型への転換を煽るようになったが、その「ジョブ型」の理解は、著者の打ち出したものとは似ても似つかぬ、大間違いなので、その誤りを正すことを目的としているとのことです。



 メンバーシップ型雇用は、ジョブ型と違って、雇用契約それ自体に具体的な職務が定められておらず、いわばそのつど職務が書き込まれるべき空白の石版です。そこでは労働者と職務の結びつけ方(ジョブ型は先ずは職務があって、それと人を結びつける)、賃金の決め方(ジョブ型は職務によって決める)、労政関係の労働組合の在り方(ジョブ型では職種別賃金を職種別あるいは産業別労組が団体交渉と労働協約で決める)が異なります。

 

 メンバーシップ型では、企業は、職務のポストの空きではなく、先ずは人を見て「正社員として相応しいやる気のある人」を採用する。また、賃金については、職務(ジョブ)ではなく、「人」を見て属人的に決める。企業別に総額人件費の増分を企業別労組で交渉している。

 

 そして、著者は、このメンバーシップ型とジョブ型という概念を分析道具として使用するもので、どちらが良いかという政策的価値判断の概念としては用いていない。前著でも、なにも日本のメンバシップ型をジョブ型に直ちに変更すべきと推奨しているものではないと、私は受け止めています。

 

 前著でも、現代の日本型雇用がメンバーシップ型となっているのは、それなりの理由や社会背景があるが、そのメンバーシップ型から生じる問題点が顕著になっていることから、それを現実的な方法で改革すべきというものであったと私は読みました。

 

 その典型が非正規労働者の格差是正についての論述にあらわれています。

 

 
「直ちに職務給を変えるなどということは少なくとも短期的には事実上不可能です。短期的に事実上不可能なことが前提条件として均等待遇や均衡処遇を語ることは、結果的には当面均等待遇や均衡処遇を実施しないことの言い訳になってしまいます。」「期間比例原則のような現行の賃金制度を前提した改革の道を探ったのは、賃金制度の変更を前提としない短期であっても実施可能な政策を提起すべきだと考えたのです。」(前著105頁)

 

 さて、前著発行後、2016年に安倍内閣の「働き方改革」のもとで、「同一労働同一賃金の実現」が打ち出されて、2018年にはパート・有期雇用法の改正されて、同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)が発出されて、「日本版同一労働同一賃金」が法制化されました。

 

 これに対して、新著では、ジョブ型雇用の下での「同一労働同一賃金」がメンバーシップ型雇用の下に「導入」されたとすることは虚構であるとして批判(あるいは揶揄?)されている(と思う。)。



 いわゆるガイドラインの中で、正社員と非正規社員が同一の賃金制度をとる場合を前提として本文(本則)にて論じられているが、日本の場合には、正社員は職能給、非正規社員が職務給と賃金制度が異なる場合が通常なのに、それを本文で触れずに「注」でしか触れていない。その注の内容も、「将来の役割期待が異なる……という主観的・抽象的説明では足りず」という程度しか書かれていない。結局、同一労働同一賃金の名に値いしないものになっていると批判されている。

 


 この点は、まったくそのとおりであり、パート・有期雇用法8条を同一労働同一賃金の原則とすることは、法解釈上も多くの誤解を招くことになり、同一労働同一賃金の原則を使用すべきではないと私も思います。しかし、均等・均衡処遇の原則を、新たに政策課題として新たな立法化まで浮上させた、この10年の動きを無意味と清算することはできないのではないでしょうか。この法律を活用して、非正規労働者や労働運動がどこまで改善を獲得できるのか、労働運動にこそ期待をかけるべきだと思います。



 時に歯切れのよいハマチャン節は面白いのですが、あれっと思うこともしばしばです。例えば、高度プロフェッショナル制度について、長時間労働の抑制それ自体よりも、残業代ゼロ法案とネーミングして、時間外手当問題にのみ注目している旨の批判(新著193頁)とか、「労働組合は資本家の圧政に耐えかねた貧窮のプロレタリアートが結成したというのは九割方ウソです。」(新著263頁・中世ギルドの伝統をひく熟練職人が結成した)とか、労働側から見ると「?」と感じます。このような決めつけ部分が気になります。ちょっと極論ではないかと感じます。



 また、具体的な制度である解雇の金銭解決救済制度などについても労働側との見解の違いは大きいところがあり、個々の制度論は意見を異にするところが多々あります。



 でも、この新著で、例えば経営側は、職務給への変更を断念した後、生活給を職能給と再構成して、潜在的な職務遂行能力で説明するようにしたが、この職務遂行能力の実態は要するに正社員としての「やる気」(だから、人事評価が情意評価となる)と喝破しているような箇所がたくさん出てきて大いに勉強になります。



 著者は日本型正社員のメンバーシップ型の問題点を指摘しながらも、改革の方向を「白地に絵を描く」ようなわけにはいかないことを踏まえた上で、政策的な提言を考える姿勢には共感を持ちます。



 私は、日本型正社員のメンバーシップ型雇用をいきなりジョブ型に変更することは不可能であることは明白なのですから、無限定な職務や長時間労働、女性正社員や非正規労働者の格差問題については、メンバーシップ型を(ジョブ型雇用も参考にしながら)修正することで改善していくべきだと思います。



 長時間労働や配転が無限定なのは「日本はメンバーシップ型だから仕方がない」という現状維持の正当化論拠に「メンバーシップ型」が使われないことを切に望みます。



 新著を読んで、あらためて前著を読み直してみると、新しい労働社会への改善に向けてより深く広い提言が書かれていたのだと思いました。

 

 

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2021年9月 4日 (土)

読書日記「資本主義だけ残った」ブランコ・ミラノヴィッチ著・2021年

原題:Capitalism,Alone

 

この著者は1953年に旧ユーゴスラヴィアで生まれ、父親はユーゴスラヴィアの経済学者・外交官。著者はチトーの共産主義国でエリートとして生まれ、ベルギーで高校を過ごし、ベオグラード大学を卒業した人物。今はニューヨーク市立大学客員教授。

 

この書物の核心は「アメリカを典型とする「リベラル能力資本主義」と、中国を典型とする「政治的資本主義」が世界を制している」というもの。

 

著者の言う資本主義とは、マルクスとヴェーバーの定義と同じで「民間の生産手段によって生産が行われ、資本が法的に自由な労働者を雇用し、調整が分散化されたシステム」とする。マルクスとエンゲルスは250年前にに今日の世界を言い当てていたとする。すなわち「ブルジョワ階級は、彼ら自身の姿に型どって世界を創造する」(共産党宣言1948年)。

 

資本主義は、19世紀のイギリスの古典的資本主義、第2次世界大戦後の社会民主主義的資本主義があり、21世紀アメリカのリベラル能力資本主義がある。

 

そして、現代の中国も政治的資本主義である。生産手段が民間に所有され、資本が労働者を雇用するシステムであり、共産党が支配する異なるタイプの資本主義だとする。ベトナム等もこれに含めている。

 

ちなみに著者は、マルクスの正当性としては、資本主義が帝国主義戦争をもたらすという点と資本家が国内政治を支配するという予測を的中させた点があるが、その欠陥は社会民主主義的資本主義が生まれることを予測していなかった点と次の点にあるとする。

 

著者によれば、現実の共産主義(現存した社会主義)とは、共産党一党独裁・生産手段の国有化・中央集権的計画・政治的抑圧を特徴とするもの。このシステムはマルクスやエンゲルスの予想に反して、植民地支配された第三世界において、古い封建制を廃止し、経済的政治的独立を回復し、国有の資本主義を構築するものである。つまり、西欧において国内のブルジョワジーが果たした役割を果たすのが共産主義革命であったとする。

そして、今や中国に政治的資本主義が確立した。それは生産手段の私的所有のもとでブルジョワジーが中国にも存在しているが、共産党が政治的に支配する資本主義として、技術革新と経済成長を遂げている。そして、この政治的資本主義はアジアやアフリカに輸出されようとしている。

著者は必ずしもグローバル資本主義を賛美しておらず、リベラル能力資本主義は金権主義と不平等が深刻化し、リベラルな価値自体を自ら破壊しかない。政治的資本主義も不平等と腐敗が進行し、共産党の官僚組織が腐敗すればやはり自滅するだろうとする。

資本主義と異なる次のシステムは未だに見えず、今後、リベラル能力資本主義と政治的資本主義が対立してどちらが生き残るか、それとも一つに収斂するのか。それぞれが不平等を是正できるか、富裕層による政治支配や腐敗を制限できるかで決まると結論づけている。ピケティやサンデルに共通する流れだ。

 

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2021年8月14日 (土)

読書日記「米中対立」佐橋亮著(中公新書・2021年)

読書日記「米中対立」佐橋亮著(中公新書・2021年7月)

 これからの国際関係は、「米中対立」が基本的関係となり、それにどう対応・適応していくか(米中冷戦や軍事衝突を回避させるという意味でも)が世界諸国家に求められるということのようだ。

 この本の特徴は、米国と中国は、中国人民共和国が成立してから朝鮮戦争で米中が激突し、台湾をめぐり米中対立が決定的になったが、1972年のニクソン訪中、1979年の米中国交正常化の後は、米国が中国を経済的、軍事的に援助してきたことを指摘する点である。

 1970年代以後の米中の接近は、最初はソ連牽制のための戦略だった。しかし、米ソ冷戦が、米国の勝利で終わった後も、米国は中国との関係を重視して経済的にも育ててきた。それは天安門事件の民主派の大弾圧のあとも基本的には変わらなかった(オバマ政権末期まで)。大量の中国人留学生の受け入れ、WTO参加、軍事関連技術の提供などなどが、この40年間行われてきた。

 その理由として、米国側に、アジア地域の安定を図ること、中国の資本主義化と巨大市場の獲得、そして、中国が資本主義化することで自由で民主的な政治体制に徐々に変化するという期待があったからと指摘する。

 ところが、中国が急激な成長を遂げ、軍事的にも技術的にも巨大化し、米国に急迫する中、習近平指導部が専制的な国内体制を強化し、対外的には「一帯一路」による海外経済進出、南シナ海等への軍事進出、香港の民主派の弾圧と支配、ウイグル民族への弾圧等を一気にすすめた。しかも、中国は、自由と民主を旗印にする欧米型モデルと異なる「一党独裁・権威主義の中国型発展モデル」を世界に発信しつつある(東欧、中央アジア、東アジア、果てはアフリカの権威主義国家がこれにならう。)。そこで、米国の中国の民主化・自由化への期待は消滅した。

 なお、米国の一部の国際政治学者には、「トゥキュディデスの罠」(覇権国の軍事的衝突は必然)に陥らないよう、アジア地域の支配権を中国に平和的に譲渡する方が米国・アジアの平和と安定にとってメリットがあると提案する者もいるという。

 トランプ大統領は、米中の2国関係の取引で、米国が得をすれば、民主化や自由化、人権の尊重などおかまいなしに話をつけたであろうが、バイデン大統領は、上記のような原則的な方針のもとに中国に厳しく対応する方針を決定した。

 今後は「米中対立」の情勢が基本となる。ただし、「米ソ冷戦」のように軍事的緊張関係を回避することは可能とする。それは、中国の資本主義化によって、米国や他の世界にとっても中国の経済は工場(生産拠点)としても市場としても重要となったから。

 そこで、日本と欧州(EU)は、「米中対立」が新たな「冷戦」に至らないように、米国との関係を基調にしながらも、決定的な米中衝突を招かないような慎重な対応をすべきとしている。

 巨大な中国であっても、国際的に孤立はデメリットしかないと思うのだが。

 香港や台湾については一国二制度を継続し、国際的孤立を回避して、国内の格差問題等の諸問題を解決する方がメリットがあると思うのだが。習近平政権が専制主義に進むのは、中華民族の栄光という非合理な超ナショナリズムや超国家主義のせいなのだろうか。それは、大日本帝国と同じで自滅の道ではないかねえ。

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/07/102650.html

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2021年5月18日 (火)

建設アスベスト訴訟の最高裁判決、そして国との基本合意書

建設アスベスト訴訟について、最高裁は、5月17日、国の規制権限不行使を違法として、労働者のみならず、一人親方及び中小事業主についても救済した。また、建材メーカー10社について共同不法行為の成立を肯定した。

そして、5月18日に菅総理が原告被害者代表者に面談のうえ直接謝罪し、田村厚労大臣との間で基本合意書を締結しました。この基本合意書締結にあたっての原告側の声明は次のとおりです。最高裁判決の評釈は別に時間をとってアップしたいと思いますが、まずは基本合意書の締結は画期的な出来事です。

NHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210518/k10013038131000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_012

 

 

建設アスベスト訴訟について国との基本合意書締結にあたっての声明

                  2021(令和3)年5月18日

1(はじめに) 

本日午前、首相官邸にて、菅義偉総理大臣が建設アスベスト訴訟原告団・弁護団らの代表に直接、令和3年5月17日の最高裁判所判決で国の規制権限不行使の違法性が認められたことを厳粛に受け止め、被害者及びその遺族に深くお詫びする旨の謝罪の意を表明し、午後6時すぎに田村憲久厚生労働大臣との間で基本合意書を調印した。

2(経過その1)

 2008(平成20)年5月16日、最初に建設アスベスト訴訟を東京地裁に提訴してからすでに13年が経過した。この間、全国各地で建設アスベスト集団訴訟が提起され、原告の総数は、今回最高裁判決を受けた4事件を含め、被災者単位で900名を超えているが、そのうち7割を超える方々が亡くなっており、生存被災者は3割にも満たない。
  2020(令和2)年12月14日、東京1陣訴訟における最高裁判所第一小法廷の上告不受理決定により国の法的責任が確定し、同年12月23日、田村厚労大臣は、原告代表者を大臣室に招いて謝罪するとともに被災者救済のための協議の場を設けることを表明した。

3(経過その2)

 そして、2021(令和3)年2月18日、自民党・公明党内の「与党建設アスベスト対策プロジェクトチーム(与党PT)」(座長:野田毅衆議院議員、座長代理:江田康幸衆議院議員)の第1回会合が開催された。与党PTにおいては、原告側のヒアリングが行われ、全面的解決に向けて精力的な取り組みを重ねていただいた。また、野党においても、同年3月12日には、野党合同ヒアリングが実施され、原告側の要望を真摯に受け止めていただいた。このような超党派の国会議員諸氏の力強い取り組みの結果、最終的に昨日5月17日、同日の最高裁判決を受けて、与党PTは、原告側の思いを真摯に受け止めていただき、①係属中の訴訟の統一的な和解基準の設定、②未提訴の被害者に対する建設アスベスト給付金制度(仮)の創設、③最高裁判決が建材メーカーの責任を明示していることから建材メーカーの対応の在り方について引き続き与党PTで検討することを、「建設アスベスト訴訟の早期解決に向けて」と題する書面にて発表した。これを踏まえて、われわれはさきほど国と基本合意書を締結した。


4(基本合意書の内容)

 基本合意書の主な内容は次の4点である。
 第1点は、国が最高裁判決を厳粛に受け止め、被害者及びその遺族の方々に深くお詫びするとの謝罪がなされている点である。
 第2点は、係属中の訴訟について、国が裁判上の和解をするための統一的な和解基準定めたことである。具体的には基本合意書第2項記載のとおりである。
 第3点は、未提訴の被害者に対する補償である。すなわち、未提訴の被害者に対して、裁判をすることなく被害補償のための給付金(仮称)を支給する制度を法制化することとし、その給付金の額は上記係属中の訴訟と同様とするものである。
 第4点は、継続協議を合意したことである。すなわち、国は、建設業に従事する者について、石綿被害を発生させないための対策、石綿関連疾患の治療・医療体制の確保、被害者に対する補償に関する事項について、建設アスベスト訴訟全国連絡会と継続的に協議を行うことを約束したものである。特に、被害者の補償に関する事項については、与党PTがとりまとめ文書で明示するように建材メーカーの対応の在り方も含むものと言える。


5(評価と意義)

 建設アスベスト訴訟は、被害者である原告の損害賠償請求訴訟で勝訴するだけでなく、制度政策形成訴訟として、提訴した原告だけでなく未提訴のすべての建設石綿被害者をも広く救済する建設アスベスト被害補償基金制度の創設を目標としてきた。
 アスベスト関連疾患による労災認定者数はこれまでに約1万8000人に上り、建設業がその半数を占め、また石綿救済法で認定された被害者のなか中にも相当数の建築作業者が含まれ、さらに建設アスベスト被害者が今後も毎年500~600人ずつ発生することが予測されている。
 本日締結された国との基本合意書には、国の法的責任を認めた上で被害者への謝罪の意が表明され、係属中の訴訟について高い水準の統一和解基準が盛り込まれるという大きな成果を獲得した。さらに、国との関係では裁判することなく補償を受けられる制度が設けられることになった。被害者が裁判をすることなく国から給付金の補償を受けられる簡易・迅速な制度が法制化されることは、画期的な成果であり、広く被害者を救済する制度が立法化される意義は極めて大きい。


6(今後の課題)

 しかし、この国の給付金だけでは被害者にとって完全な賠償を得られるわけではない。なぜなら、残りの損害(被害)については、石綿含有建材を警告表示なく販売製造し利益を上げてきた建材メーカーらが被害者らに補償(賠償)すべきものであるからである。
  与党PTのとりまとめでは、建材メーカーの対応の在り方が引き続き検討課題とされ、また基本合意書にも被害者に対する補償に関する事項について継続協議事項となっている。国の建設アスベスト被害の給付金制度は、建材メーカーも補償金を拠出する建設石綿被害補償基金制度として拡充し、完全な被害者救済制度として法制化すべきである。これが次の制度政策的な課題と考える。

7(決意表明)

 われわれは、この国との基本合意書の締結が画期的な成果であることを確認し、今通常国会での速やかな立法化に向けて取り組みを行うとともに、超党派の衆議院、参議院の国会議員諸氏に今国会での法案成立への協力をお願いするものである。
  そして、今後は、この国の給付金制度を建設アスベスト被害者に周知徹底を図り、被害者が同制度を利用できるよう支援する取り組みを強める。それと同時に、残された建材メーカーの賠償責任を果たさせるため、建材メーカーに対する集団損害賠償訴訟を提起し、最終的には建材メーカーも被害者への補償金を拠出する建設被害補償基金制度を創設することを目指す取り組みを行うことを、ここに宣言する。
                                 以上

首都圏建設アスベスト神奈川訴訟原告団・弁護団
首都圏建設アスベスト東京訴訟原告団・弁護団
関西建設アスベスト京都訴訟原告団・弁護団
関西建設アスベスト大阪訴訟原告団・弁護団
首都圏建設アスベスト統一本部
関西建設アスベスト統一本部
建設アスベスト訴訟全国連絡会

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2021年4月18日 (日)

映画「ノマドランド」

「ノマドランド」を映画館で観てきた。リーマンショックの不況下、米国のとある町の大企業が閉鎖されて、町自体が消滅。夫が亡くなり、自宅も失い、自家用車(ヴァン)を住処とする高齢の女性ファーン。車中泊のまま行く先々で働き、生活の糧を得る漂流高齢労働者(ノマド)。

 

不況の中、社会的セーフティネットもなく、住む場所もなくなったアメリカの高齢労働者たちの過酷な状況を描く。

 

ただし、社会的告発調の映画を想像していたが、実際にはだいぶ印象が異なる。

高齢労働者が「Amazon」の配送センターで働く姿もあるが、描写される「Amazon」社は、高齢者を搾取する企業のようには批判的には描かれていない。かえって高齢労働者にとっては実入りが良い仕事を提供する、人間らしく働ける職場として描かれている。だから、Amazon社は映画撮影を許可したのだろう。

世界恐慌下の「怒りの葡萄」(ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演)の移動農業労働者のような過酷な労働者や搾取への怒りは描かれない。諦念と孤独が色濃い。これは現代の映画の文法(語り方)。告発調やプロパガンダははやらない。だから、その過酷な出口の見えない米国の現実をえぐっている。

 

映画の主人公には車上生活から普通の屋根のある家で生活する機会が二度来る。一度は中産階級の姉から一緒に住もうと誘われる。不動産業を営む姉夫婦に違和感があり断る。また、同じノマド仲間だったが、息子の家に住みはじめたデイヴに一緒に暮らそうと誘われるが、これも断る。

 

主人公は、自らの意志で働きながら漂流する道を選ぶ。姉は、妹のノマド生活を幌馬車の開拓精神のアメリカの伝統かもしれないと述べる。

 

監督は、クロエ・ジャオという中国人(中国籍)の女性監督。中国国有企業の幹部の娘で、米国の高校、大学を卒業後、米国で職を転々とした後、監督としてデビューして高く評価されているそうだ。

 

アメリカの荒涼とした砂漠と山並みの映像は美しい。この監督の尊敬する映画監督は、ギリシャのアンゲロプロス監督だそうだが、確かに白黒のロードムービーの「旅芸人の記録」に似ている。今のアメリカの厳しい社会的現実を、美しく、諦念と喪失感を、ありのまま切り撮ったところが評価されているのだろう。

 

https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html

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2021年4月10日 (土)

読書日記 木下武男著「労働組合とは何か」(岩波新書)

木下武男著「労働組合とは何か」(岩波新書)
2021年3月発行
2021年49日読了

 労働社会学者の木下武男教授の著書です。木下教授は、長く「賃金論」をふまえた労働組合のあり方を議論されてきました。1999年「日本の賃金」(平凡新書)では日本型年功型賃金の変容と、グローバル化による職務給・職階制賃金、成果主義賃金について実態(実例)を踏まえた分析と提言(年功賃金から生活できる仕事給)をされており大変に参考になりました。

 木下教授は、この「労働組合とは何か」で、欧米の労働運動・労働組合の歴史と実態を概観した上で、日本の企業別労組の問題点を批判して、新しいユニオニズムを提言されています。

 この本の骨子は次で要約しますが、私は基本的に木下教授の意見に賛成です。

 欧米の労働組合は、ヨーロッパ中世のギルドからの伝統を踏まえたものである。手工業時代からの伝統を踏まえた熟練労働者のクラフツ・ユニオンが力をもって職業別労働組合になり、産業革命後に機械制工場に雇われる不熟練労働者が一般労働組合を組織して戦って、それが産業別労働組合と発展し、経営者団体と交渉して産業別賃金協約を獲得するようになった。典型的には英国の労働運動であり、第二次世界大戦後には福祉国家を成立させた。

 これに対して日本の労働組合運動は、戦後になり企業別労働組合が全国各地に結成され、1946年には多数派の「産別会議」(組合員数163万人)が結成された。その傘下の電産労組がいわゆる「電産型賃金」(生活できる年功賃金)を確立した。

 1946年には、米国の労働諮問団は、年功賃金からジョブ型賃金に転換するように勧告した。また、1947年の世界労連の視察団は、日本の企業別年功賃金に対して「雇用主の意志のままに悪用され、差別待遇されやすい」として「平等な基準」の「仕事の性質」に基づく賃金を提言していた。

 しかし、日本では、その後、経営側は、一時、職務給を導入しようとしたが労働側の反対を受けて、定期昇給制度に人事考課制度を結合させた日本型職能等級賃金制度を確立させていった。

 本来、日本の労働組合は、企業別組合が本流となってしても、産業別統一闘争を発展させ、産業別組合に向けて改革する努力が必要があった。産別会議は、占領軍のゼネスト中止、共産党の介入とそれに対する反発で分裂縮小して崩壊(1956年解散)した。その後の総評型労働運動も「年功賃金・企業別組合」システムを前提とした労働運動となった。春闘などの総評型労働運動の頂点は1975年だったが、それからは凋落していく。1975年は、春闘とスト権ストが敗北した年。

 1980年以降、日本では、企業主義的統合が進み、「労使協調」路線にどっぷりつかっていくことになる。1980年代後半以降、ストライキによる労働日損失がなんと限りなくゼロに近くなることが如実に示している。年功賃金と終身雇用制という日本型雇用システムに労働者の企業意識や忠誠心という労働者の同意を獲得していった。労働者に「安定」を提供したが、「競争」と「差別」(左派労組員への差別と女性差別)が色濃い。

 そして、バブル崩壊、経済のグローバル化、経済のソフト化・IT化のもと、現状の貧困と格差が広がる現在の雇用社会、労働者の状態が生じている。

 現在の企業別労働組合を中心とした労働組合運動、数的には多数派である正社員の年功的賃金制度のままでは、社会を変えられない。旧来の日本型賃金(属人的な年功的賃金)では非正規労働者の同一労働同一賃金は実現できないし、正社員の賃金も低下していく。

 そこで、木下教授は、企業別労働組合も、産業別労働組合に内部改革することを期待しつつ、より必要なのは、企業別組合の外部に組織されたユニオンが未組織労働者を組織し、さらに業種別職種別ユニオンに発展していくことを提言している。その萌芽は確かに広がりつつあるとする。

 

 私も、欧州のような産別労働組合と職務給の雇用社会、社会民主主義の政治体制が日本にあれば良いと夢想しますが、いまさら日本に産別労働組合がないことを嘆いても、死児の齢を数えるようなものでしょう。

 また、これは世界的に見れば、欧米の方が特殊例外な社会(自生的に資本主義を生み出した社会だから)なのでしょう。少なくとも、アジアを見れば、多くは日本のような企業別組合が中心のようです(これはなぜでしょうかね?)。例えば、韓国も左派も右派も企業別労組だし、それでも韓国では中央産別組合の交渉力は強いようです。もっとも、韓国の労働組合組織率は10%で日本の16%よりも低い(。

 木下教授が言われるように、年功型正社員の企業別労組が産業別闘争に大きく踏み出すことに期待しつつ、「貧困と格差」にあえでいる大企業以外の普通の未組織労働者を、業種別ユニオン(一般労組)が広く組織化し、企業を超えた産業別・業種別な労働組合が発展していくことが必要だと思います。

 日本の組織率は民営企業で162%ですが、1000人以上の大企業が全体の66%を占めており、99人以下の企業では推定組織率は0.9%しかありません。日本では99人以下の企業に雇用されている労働者数は、全体の雇用労働者のうち半分です。広大な未組織分野があるわけです。

 企業別労組と労組員、そしてナショナルセンターは、これら企業外に組織されたユニオンを応援し、オルグを増やすための財政援助をしたらユニオンは発展するのではないでしょうか(オルグを増やす余裕がない)。ただ、この方向を指向しているとは見えません。どちからというと、企業内労組を基本としており、中小企業にも企業別労組を組織する方向や、非正規労働者を企業別労組に加盟させる方向を指向しているように思います。この点は、連合も全労連も同じと感じます。

 アメリカのAFL-CIO20世紀末頃、若いオルグを抱えるために大幅な財政援助(要するにオルグの賃金)をして、労働運動を活性化させたと言います。日本の企業別労組にも是非、期待したいものです。

 

 

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2021年3月 6日 (土)

読書日記 添田孝史著「東電原発事故10年で明らかになったこと」(平凡新書)

<事故はなぜ防げなかったのか>

「地震や津波はいつおこるか予測できないのだから、仕方がないよね」という素朴な感覚がある。でも、この本を読むと、実際の経過は全く異なっていたことがわかります。

実は東電も保安院も津波地震を予測し、2002年から具体的に検討していたが対策をとらなかったのです。

 

この本で複数の事故調の報告書、検察調書、裁判証言録に基づき、事実関係が明らかにされています。以下、時系列にまとめてみました。要約記述にミスがあれば私の責任です。是非、直接同書をお読みください。

10年後に明らかになった事実はもっと広く知られて良いと思う。ちなみに、福島第1原発の原子炉建屋は海抜10mの位置にある。

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2002年8月1日 朝刊各紙で「三陸・房総沖で津波地震発生律20%」と報道された。これは政府の地震調査研究推進本部の発表に基づくもの。

同日、経産省原子力保安院の安全審査官が東電の担当者に連絡して、この津波地震の説明を求める。

同年8月5日東電の担当者(高尾誠)が保安院に赴いて説明。保安院の耐震課長が、福島沖も津波地震を計算するように依頼したが、東電の担当者が抵抗して撤回させる。

2004年12月26日、インドネシア・スマトラ沖地震の大津波でインドのマドラス原発に10mを超える津波が襲来して、原発が緊急停止。

2005年8月 インドのマドラスにて、IAEAが津波による原発事故の危険性に関する国際ワークショップを開催。日本からもJNES(原子力安全基盤機構)と電力会社からの10名が出席。その後、保安院が内部溢水外部溢水勉強会を立ち上げた(保安院の担当は小野祐二班長)

2006年5月11日、第3回溢水勉強会で、福島第1で10mを超える津波が来れば浸水し、炉心溶融になるとの報告。

同年6月9日、溢水勉強会が福島第1現地調査。原発設置当初、土木学会の想定津波が3.5m(2002年に東電は想定津波を5.7mと引き上げられていた。)

2006年9月19日 原子力安全委員会が40年ぶりに耐震指針を改訂。この新基準での古い原発をチェックすることをバックチェックという。津波の安全指針としては「極めてまれであるが発生する津波」にも安全であることとされた。ここで「極めてまれ」とは、1万年から10万年に1回程度の津波であると考えられていた。

この新耐震指針では「後期更新世以降の活動が否定できない断層」つまり約12万年~13万年前以降活動した断層を「将来活動する可能性がある断層」とした。津波を1万年~10万円程度のスパンで考えるのは、この活断層の考え方から当然の帰結となる。

2006年10月6日 保安院の小野班長が東電に「電動機が水で死んだら終わり」、「長くて3年」で対応するようにと話す。保安院の川原室長は「津波は自然現象だから、余裕を確保するように」「経営層に伝えてほしい」と指示。これが東電の武黒本部長に伝えられた。

2007年4月 JNESが福島第1原発に浸水あったら炉心損傷の確率は100分の1より高いとする報告書(施設名を伏せられた)。4月4日、保安院小野班長「想定以上の津波が絶対来ないといえるのか」と東電に強く迫る。ところが、小野班長は6月で経産省の他部署に異動。

2007年11月21日付け東電設計による文書で「地震本部の津波地震による津波の最高水位は7.7m」と報告。

2008年2月16日 東電清水社長出席の午前会議で津波の高さが7.7mになる可能性あると説明される。

同年3月18日 東電設計の津波計算で津波が15.7mとなる計算結果が出る。

同年7月31日、東電の武藤副本部長、吉田昌郎原子力設備管理部長(事故当時の福島第1原発所長)、地震対策センター山下所長らが、想定津波は5.7mとすると決定。このことを有力な学者に根回しせよと指示。その理由を、15.7mだと2009年6月まで対策工事は完了せず、原発停止することになりかねず、東電の収支が悪化すると説明された。

同年8月5日、東電の想定津波対策を知らされた日本原電の担当者は「こんな先延ばしで良いのか、東電は何でこんな判断をするのか」と述べた。日本電源は独自に秘密裏に10m超えの津波対策を行う(工事完了が2011年2月)。

同年11月13日 東電は、「貞観地震」を考慮しないことを決定。他方、東北電力は、貞観地震の研究を取り入れてバックチェック最終報告書を既に完成させていた。東電は東北電力に連絡をして、貞観地震のことは参考資料として格下げさせた。

2009年6月24日 バックチェック中間報告審査専門家会合で、産業技術総合研究所地震研究センターの岡村行信センター長が、東北電力の貞観地震を参考資料としているが不十分だと厳しく指摘。(実際には、東北電力は貞観地震津波を想定して女川原発の津波対策は実施していた)

同年9月7日 東電は、保安院に「貞観地震の津波は約9mになる」と報告。2~3割の余裕の上乗せをすると10mを超える対策をとることになる。

2011年3月3日 政府の地震本部が貞観地震を盛り込む報告書を作成したがが、東電は貞観地震は未だ不確実とする記述に修正させる。

同年3月7日、保安院に東電が地震本部の長期評価によれば福島第1では15.7mの津波が予想されると説明。

同年3月11日 東北大地震発生

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丸山真男は、<個人としての信念や良心を持ち、主体的に判断して行動できる近代的市民のエートスは日本では生まれていない>と論じました。残念ながら21世紀になっても当たっているようです。

東電原発事故10年立っても変わらない。また、2011年8月7日に書いた次のブログに書いたことが証明されたように思います。ただし、廃炉には20年から30年かかると書いたのは間違いで、廃炉が可能であったとしても100年はかかると訂正しなければなりません。

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2011/08/post-3c5b.html

 

 

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2021年2月19日 (金)

在宅テレワークの費用負担

新型コロナのもとで在宅でのテレワークが広く行われるようになり、労働組合から在宅テレワークの学習会を頼まれることが増えている。

必ず在宅テレワークする場合の通信情報機器等の費用負担が質問されます。

IT企業等では、もともとPCや携帯、WiFi機器が会社から労働者に貸与されているが、今まで在宅テレワークを予定していなかった企業では、自宅にある自分のPCや家庭用の通信環境を使用する労働者も多い(営業情報取扱い上、企業の立場として不安に思わないのか不思議だが、そのレベルの企業も多いようだ。)。

厚労省H30.2.22のテレワークガイドラインでは「労使のどちらが負担するか、また、使用者が負担する場合における限度額、労働者が請求する場合の請求方法等については、あらかじめ労使で十分に話し合い、就業規則等において定めておくことが望ましい。特に、労働者に情報通信機器、作業用品その他の負担を定めをする場合には、当該事項について就業規則に規定しなければならないこととされている(労働基準法第89条第5号)。」としている。要するに「労使合意」によるので、労働者は当然には請求できないということになる。

私は、近代的な労働契約とは使用者の生産手段を使用して労働に従事させるのが本質なのだから使用者が費用を負担するのが当然と考える。でも、これは法律論(労働契約論)ではないので、法律論として、どのように考えれば良いのだろうか。

民法として考えると、民法485条は次のように定めている。

民法485条 弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。

この弁済とは、売買代金の支払いや売買物の引渡しだけでなく、継続的契約関係である請負や雇用についての双方債務の履行も含まれる。

したがって、労働者が負っている労働に従事する債務の履行も弁済となり、その債務の履行に要する費用は債務者(労働者)の負担とするのが原則ということになってしう。

他方で、「委任」の場合は、民法650条1項は受任者による必要費用を請求することを認めている。委任の典型は弁護士と依頼者との関係だが、弁護士が法律行為を行えば依頼者に必要費用を請求することができることになる。これは民法485条の特則ということになる。

委任のような必要費用の請求について民法の雇用には定められていないので、原則どおり労働者が負担するのが原則ということになる。だから、通勤費は使用者が負担する義務は民法からは出てこない。

ただし、民法の規定は任意規定だから、これと違う合意をすれば、その合意が優先することになる。

ということで、上記厚労省ガイドラインは労使での合意をするようにと言うことになる。

ここからが私の試論だが、民法485条ただし書では、「債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする」と定めている。

したがって、「債権者」(使用者のこと)が弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする」としているので、労働者に在宅でのリモートワークをさせた場合には、そのために弁済費用(情報機器や通信料)を増加させるものであるから債権者(使用者)の負担とするということになる。

ただ、同条ただし書きには「債権者が住所の移転その他の行為によって」と定めているので、国の新型コロナ感染防止対策として、企業(使用者)が在宅テレワークを推奨している場合には(業務命令までに至らない場合であっても)、これに該当することになろう。

もっとも、使用者は在宅勤務を推奨しないが、労働者が在宅勤務を希望し、使用者がこれを許可した場合には、この解釈は当てはまらないことになるか。

労働基準法89条第5号は、

5 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項。

「食費、作業用品その他」を労働者に負担させる定めをする場合には、これに関する事項を就業規則に定めなければならないとしている。なので、在宅テレワークに必要な情報通信機器を労働者に負担させる定めをする場合には就業規則に定めなければならないということ。

これを反対解釈できれば、労働者に負担させるという定めがない場合には、使用者が負担することになるようにも読める。しかし、民法485条が弁済費用は債務者の負担とするとの定めているから反対解釈することはできないという結論になる。

労働者に負担させるという定めを使用者がもうけているが、就業規則に記載がない場合には、その定めの効力はどうなるのでしょうか。労基法89条5号に違反しているので、労働者に負担させるとの定めが無効となると言えるのか。民法485条本文あるから、そこまでは言えないのでしょう。

結局、在宅勤務のテレワークの費用については、使用者が主導して在宅勤務のテレワークをする場合には、民法485条「ただし書」を適用して使用者が情報通信機器の費用等を負担することなるのではないかと思います。

労働組合は、これを活用して、使用者が負担することを要求しいけば良いように思います。

仮に、会社が一方的に就業規則に労働者の負担を定めてしまった場合(そんな会社もあるかもしれない)、事業場では負担していなかったのだから、労働条件の不利益変更に該当する余地が生じることになる。

 

 

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2020年10月17日 (土)

日本郵便事件(労契法20条)最判とメトロコマース事件等最判との比較-原点の丸子警報器事件

 2020年10月15日、日本郵便株式会社で働く有期契約労働者と正社員との労働条件の格差に関して、旧労契法20条に違反するか(不合理なものといえるか)否かを判断した最高裁第一小法廷は、扶養手当、年末年始勤務手当、休暇制度の格差を不合理で違法だとしました。

■日本郵便事件最高裁判決(福岡高裁、東京高裁、大阪高裁の各事件)

 最高裁の判断を手当ごとに紹介します。その上で、同じく労契法20条の不合理と認められるか否かを判断した先の10月13日最高裁のメトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件の判決とを比較し、なぜ最高裁の結論が分かれたが、最高裁判決文に即して検討してみます。

■扶養手当について


 日本郵便では、無期契約労働者である正社員に対して、扶養手当が支給されていますが、有期契約労働者(契約社員)には扶養手当は支給されません。

 最高裁は、「正社員に対して扶養手当が支給されているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるもの」であり、「上記目的に照らせば、本件契約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。そして、本件契約社員は、契約期間が6月以内又は1年以内とされており、第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存在するなど、相応に継続的な勤務が見込まれているといえる」から、「職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき(正社員と異なり昇任や昇格は予定されず、特定の業務のみに従事し、幅広い業務に従事することはなく、人事評価の仕組みも異なる等の)相応の相違があること等を考慮しても、両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価する」とした。

■年末年始勤務手当、有給の病気休暇、夏期冬期休暇、年始期間の祝日給

 日本郵便では、正社員に対して、年賀状配達の年末年始勤務手当を支給し、夏期冬期休暇(夏冬各3日の有給休暇)、年始期間の祝日給、私傷病による欠勤についての有給の病気休暇を付与していました。最高裁は、上記各労働条件の格差をもうけることも扶養手当と同様に不合理であると判断しました。

 年末年始勤務手当については「最繁忙期であり、多くの労働者が休日として過ごしている上記の期間において、…その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものである」から、「これを支給する趣旨は、本件契約社員にも妥当するものである。」として、その相違は不合理なものとした。年始期間の祝日給についても同様の判断をしています。

 有給の病気休暇については「賃金以外の労働条件の相違についても、同様に、個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である」とし、「有給の病気休暇が与えられる趣旨は、上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的による」と考えられるから、「上記目的に照らせば、郵便の業務を担当する時給制契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、私傷病による有給の病気休暇を当たることとした趣旨は妥当するいうべきである。」そして、第1審原告らは「相応に継続的な勤務が見込まれるているといえる」から、正社員と上記時給制契約社員との間に、… 職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく、これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは、不合理である」と判断しました。

 有給の夏期冬期休暇についても、その格差が不合理なものであるとして、休暇をとれずに勤務したことによる財産敵損害を受けたといえるとして、損害額について審理すべきとして原審に差し戻しました。

 なお、住居手当については、日本郵便では、正社員の中に新一般職(配置転換も転居を伴わないで行う無期契約労働者)にも住居手当が支給されていることから、原審の判決段階で契約社員に支給しないのは不合理であると判断されて、これが確定しています。ただし、新一般職という地域限定のコース正社員がいる場合の判断ですから、一般化はできません。

■ハマキョウレックス事件最高裁判決の引用

 事件番号としては、福岡高裁事件、東京高裁事件、大阪高裁事件の順番であり、休暇制度に関する最初の判断は福岡高裁事件となっています。

 福岡高裁事件では、ハマキョウレクッス最高裁判決を引用して次のように判示しています。

有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(最高裁平成…30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁※ハマキョウレックス事件)ところ、賃金以外の労働条件の相違についても、同様に、個々の労働条件の趣旨を個別に考慮すべきである」と判断しました。

 そして、正社員に有給の夏期冬期休暇が付与される趣旨は「労働から離れる機会を当たることにより、心身の回復を図るという目的によるものであると解され、夏期冬期休暇の取得の可否や取得し得る日数は上記正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない。」そして、郵便業務に従事する時給制契約社員は、契約期間が6ヶ月以内とされるなど、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのあって、夏期冬期休暇を与える趣旨は、上記時給制契約社員にも妥当する」として、相応の相違があることを等を考慮しても、夏期冬期休暇を付与しない相違は不合理なものと評価できるとしました。

■メトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件の最高裁判決との比較

 最高裁第三小法廷は、退職金や賞与の支給の相違であっても、労契法20条にいう不合理と認められる場合はあり得るとしながら、当該使用者における退職金や賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて、不合理であるか否かを検討すべきとします。

【退職金や賞与の趣旨と正社員の位置づけ】

 メトロコマース事件では、「上記退職金は、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ、その支給対象となる正社員は、第1審被告の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され、業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり、また、退職金の算定基礎となる本給は、年齢によって定められた部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成る」こと「等に照らせば、上記退職金は、上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、第1審被告は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとした」

 最高裁は、正社員を業務の必要により配置転換を命ぜられて職務遂行能力や責任の程度が高いことを強調して、本件退職金の性質を、職能給を基礎とした職務能力や責任の程度を踏まえた労務の対価や功労報償的な複合的な性質であると判断している点が注目されます。

 大阪医科薬科大学事件でも、「賞与は、… 算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そして、正社員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上、おおむね、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度に照らせば、第1審被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的から、正職員に対して賞与を支給することとした」

 ここでも正職員について、業務の内容の難度や責任の程度が高いことを強調して、賞与については職能給を基礎としていることを指摘しています。

【職務内容等の三つの事情について】

 最高裁は、メトロコマース事件、大阪医科薬科大学事件については、有期契約労働者と正社員の業務の内容について、その相違を強調しています。

 メトロコマースでは、「売店業務に従事する正社員」と比較して、両者はおおむね共通するものの、代務業務やエリアマネージャー業務への従事や配置転換を命ぜられる現実の可能性があるなどの一定の相違があったとします。日本郵便事件と比較して、相違が大きいように認定しています。
 また、販売業務を担当する正社員が組織変更によって雇用された正社員であり、他の本店等の部署に配置された正社員とは異なる職務の内容及び変更の範囲が異なる。売店業務に従事する正社員が2割満たないまで減少したが、賃金水準を変更したり、他部署に配置転換等をすることが困難な事情があったこと、正社員への登用制度があったことを、その他の事情として考慮しています。

【メトロコマース事件の契約社員の有利な事情】

 最高裁は、第1審原告である「契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有している」と認めています。

 そうであれば、「相応に継続的な勤務が見込まれる」として、少なくとも退職金の複合的な性質の勤続年数に応じた功労報償的な部分については妥当すると判断できるはずである。現に日本郵便事件では、最高裁はそのように判断しているし、宇賀裁判官の反対意見はこのような判断をしています。ところが、最高裁第三小法廷は、上記の事実をしんしゃくしても、退職金の不支給について、不合理であるとまで評価できないとしました。

■日本郵便事件とメトロコマース事件の最高裁はなぜ違うのか

 最高裁の判決文にそくして読む限り、メトロコマースの退職金や大阪医科薬科大学の賞与については、賃金体系や人事異動の実態から職能給を基礎とし、正社員が配置転換等を命じらるなどの職務遂行能力や責任の程度が高いことを前提として、賞与や退職金が支給されるものととらえ、そのような正社員としての職務遂行能力を有する人材の確保とその定着のために支給されるとして捉えた点が結論を大きくわけたものと思われます。

 他方、日本郵便事件の年末年始勤務手当、扶養手当、休暇制度、住居手当については、基本給を基礎とする賞与や退職金と異なり、正社員としての職務を遂行しえる人材の確保とその定着とは別個の目的の手当であるとして、「相応に継続的な勤務が見込まれる」以上、その格差は不合理となるとしたと考えられます。

■大阪医科薬科大学の私傷病による欠勤中の賃金について

私傷病による欠勤中の賃金の支給は、「職員の雇用を維持し確保することを目的」としている。これは日本郵便事件でも同じである(「継続的な雇用を確保するのが目的」とします。)。日本郵便事件では、私傷病の有給の休暇制度についての相違は不合理なものと最高裁は判断しました。

 ところが、大阪医科薬科大学事件では不合理であるとはいえないと判断しました。私傷病による欠勤中の賃金支給については、本来は契約社員にも妥当するものと考えられるはずです。この点、最高裁は、「アルバイト職員は、契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定していると言い難い」とし、「雇用を維持し確保するという制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない」と判断して、「第1審原告の有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況」にはなかったとして、不合理であると評価できないとしている。つまり最高裁の日本郵便事件の表現でいくと、「相応に継続して勤務する見込みがない」ということです。

 つまり、最高裁は、この大阪医科薬科大学の私傷病による欠勤中の賃金については、正社員としての職務を遂行しえる人材の確保とその定着とは関係はないが、継続して雇用する状況ではないことを理由として不合理ではないとされたものといえます。

■最高裁メトロコマース事件等批判

 最高裁は、上記賞与や退職金の基礎となる本給(基本給)を職能給とし、それを難度の高い職務遂行能力を備えて責任の程度が高い正社員という人材確保とその定着を目的とするものして、有期契約労働者には妥当(適用)しないとします。

 しかし、最高裁判決自身が指摘するとおり、賞与や退職金については複合的な性格が含まれます。例えば、退職金について、勤続年数によって支給月数が決まる場合には勤続年数に応じての功労報償的な性格もあわせもちます。そうであれば、その勤続年数に対応する部分については、4分の1か、6分の1かはともかく、部分的に支給すべきであり、全くの不支給は不合理となる余地は、最高裁の論理にたつとしても、十分にあり得るといえます。これは賞与についても同様です。

 最高裁は、職務の内容等について一定の相違があったとしても、労働条件の相違との間で均衡がとれているのか否かをきちんと検討すべきです。この点について、メトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件では最高裁はまったく検討していません。原審である東京高裁・大阪高裁判決の解釈が正当なものであったというべきです。

 最高裁は、均衡待遇の確保の視点を忘れてしまっているのではないか。さらに言えば、「同一労働同一賃金の原則」という俗耳にはいりやすい安易な「スローガン」に引きずられて、同一労働ではない場合であっても、労働条件は均衡でなければならないという均衡処遇の原則を軽視していると言うべきでしょう。

■原点の丸子警報器長野地裁上田支部判決

 今回のメトロコマース事件や日本郵便事件の最高裁判決は、均等・均衡待遇原則の実現にと向けて、まだまだ道半ばです。

 非正規格差の原点であり最高峰の判決は、1996(平成8)年3月15日の長野地裁上田支部の丸子警報器事件判決です(労判690号32頁)。判旨の重要部分は次のとおです。

同一(価値)労働同一賃金の原則は、労働関係を一般的に規律する法規範として存在すると考えることはできないけれども、賃金格差が現に存在しその違法性が争われているときは、その違法性の判断にあたり、この原則の理念が考慮されないで良いというわけでは決してない。
 けだし、労働基準法三条、四条のような差別禁止規定は、直接的には社会的身分や性による差別を禁止しているものではあるが、その根底には、およそ人はその労働に対し等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在していると解される。それは言わば、人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原則と考えるべきものである。前記のような年齢給、生活給制度との整合性や労働の価値の判断の困難性から、労働基準法における明文の規定こそ見送られたものの、その草案の段階では、右の如き理念に基づき同一(価値)労働同一賃金の原則が掲げられていたことも想起されなければならない。
 したがって、同一(価値)労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、ひとつの重要な判断要素として考慮されるべきものであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法を招来する場合があると言うべきである。」

として、基本給、賞与等について、正社員との賃金格差が2割を超えると違法であるとして、損害賠償請求を認容しました。パート有期雇用法8条、9条の法解釈の指針として、丸子警報器事件判決は未だに輝きを失っていません。

 日本には今でも「同一労働同一賃金」の実定法は存在しません。さらに言えば、私は「同一(価値)労働同一賃金」の法規範を、正社員も含めて賃金決定の一般的な法理とすべきではないように思います。男女賃金格差に関する法理(「職務分析」論も含めて)として解釈すべきであり、雇用形態による格差是正は均等・均衡待遇原則を理念とすべきように思います。

■今後の課題

 現在も旧労契法20条やパート有期雇用法8条の裁判が全国で係属しています。日本郵便事件でも、原告154人が全国各地裁で訴訟をたたかっています。これについては、最高裁判決に従い会社は速やかに解決すべきです。

 また、ホワイトカラーの基本給や賞与に関する事件(例えば、日本IBM事件)も複数、係属しています。これらの事件の多くは、日本型賃金制度である「職能給」でなく、ジョブグレード制度やバンド制度、あるいは成果給や業績給の賃金体系の下での事件でしょう。このような事案では、メトロコマースの最高裁判決の射程範囲には入らないでしょう。

 今後もあらたな事件や新たな判決が続々生じるでしょう。たたかいと判例の発展に期待したいと思います。

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2020年10月13日 (火)

メトロコマース事件、大阪医科大学事件の最高裁判決について

■2020年10月13日、労働契約法20条に関して、有期雇用労働者と正社員の賞与の格差が争点の大阪医科大学事件、同じく退職期の格差が争点となったメトロコマース事件の最高裁判決が言い渡された。

メトロコマース事件最高裁判決
https://www.courts.go.jp/.../hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

大阪医科大学事件最高裁判決
https://www.courts.go.jp/.../hanrei_jp/767/089767_hanrei.pdf

最高裁の結論は、原審(東京高裁判決、大阪高裁判決)を覆して、賞与の格差も、退職金の格差も不合理とまではいえないと判断した。

■旧労働契約法20条(平成30年改正前)

無期契約労働者(正社員)と有期契約労働者との労働条件の相違について、「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」と定めていた。

両事件の最高裁判決の論理を追うと次のようなものである。

■メトロコマース事件

同事件は、東京メトロの地下鉄の売店に勤務する有期契約労働者(契約社員B)と正社員との労働条件(特に退職金)の格差が問われた事件だ。

① 判断枠組み

最高裁は、退職金の格差が不合理と認められるかどうかは、「当該使用者における退職金の性質やこれに支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものか否かを検討すべき」とする。

② 本件退職金の趣旨

「(本件の)退職金は、上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、第1審被告は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給したものといえる」とする。


③ 職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情について

1審原告(有期契約社員)と正社員の「職務の内容はおおむね共通するものの、……両者の職務の内容には一定の相違があった」、また、「正社員は配置転換を命じられる現実の可能性があり、正当な理由がなく、これを拒否できなかった」ものであり、「職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があった」、さらに「他の多数の正社員とは、職務の内容及び変更の範囲について相違があった」、「開かれた試験による試験による登用制度を設け、……正社員に登用していた」ものである。

④ 結論(不合理な相違と認められるか)


「第1審被告の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務内容等を考慮すれば、契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者との間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理とまで評価することができるものとはいえない」として、不合理でないとして、原審東京高裁の判決を破棄した。

なお、宇賀克也裁判官の反対意見がある。

■大阪医科大学事件

大阪医科大学事件は、大学の教室事務を担当する有期雇用契約労働者(アルバイト職員)と正職員との賞与の格差が労働契約法20条違反が問われた事件。

② 判断枠組みは、メトロコマース最高裁判決と同じ。

② 本件賞与の趣旨について

「賞与は、通年で基本給の4.6ヶ月分が一応の支給基準となってり、第1審被告(大学)の業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含む」「そして、正職員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上、おおむね業務の内容の何度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、第1審被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとした」

③ 職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情について
「両者の業務の内容を共通する部分はあるものの……両者の職務の内容に一定の相違があった」、正社員にはついては人事異動が命ぜられる可能性があったことから「変更の範囲に一定の相違があった」、「アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度がもうけられていた」

④ 結論
「(賞与)に労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや、正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の80%に相当する賞与が支給されていたこと、アルバイト職員である第1審原告に対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計約と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても、教室事務員である正職員と第1審原告との間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理とあるとまで評価することができるものとはいえない」


「私傷病による欠勤中の賃金」についても、最高裁は、それは「正職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度である」として、「アルバイト職員は、契約期間を1年以内として、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとは言い難いことにも照らせば、教室事務員であるアルバイト職員に直ちに妥当するものとはいえない。また、第1審原告は、… 在籍期間も3年余りにとどまり、その勤続期間が相当の長期間に及んだと言い難く、… したがって、… 私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものとはいえない」

■ハマキョウレックス最高裁判決との違い

上記両事件の判決多数意見には、ハマキョウレックス事件最高裁判決(平成30年6月1日・民集第72巻2号88頁)よりも後退しており、多数意見には、ハマキョウレックス最高裁判決が引用されていない(メトロコマース事件の林景一裁判官の補足意見には付言として触れられているだけ)。

周知のとおり、ハマキョウレックス事件は、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当、皆勤手当について、不合理な格差として違法と判断したものであり、その最高裁判決では、正社員の人材確保やその定着については触れられていなかった(他方、その原審大阪高裁判決は正社員の人材確保やその定着を不合理といえない理由としてあげていた)。

さらにハマキョウレックス最高裁判決は、職務内容等について相違があっても均衡がとれた労働条件でなければならないと判示していた。

ところが、本件両事件最高裁判決は、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正社員に対して賞与ないし退職金を支給する」旨を判示している。これは、経営側が主張する正社員らの「有為な人材確保」や「長期雇用のインセンティブ」論を採用したこととなる。しかも、職務内容等に一定の相違するとしても、その相違と労働条件の相違について、均衡がとれているかについては何ら検討すらしていない。

この点については、ハマキョウレックス事件最高裁判決は各種手当の不合理性が問われた事件であるから、有為な人材確保や長期雇用インセンティブが妥当せず、賞与や退職金の場合には、有為な人材確保論などが妥当するという切り分けなのだろうか。

だから大阪医科大学及びメトロコマース事件については、最高裁第三小法廷は、あえてハマキョウレックス事件最判を多数意見では引用してないと思われる

■私傷病による欠勤の賃金の取り扱いについて

大阪医科大学事件最高裁判決は、私傷病による欠勤の賃金支給について、正社員の雇用の維持確保を前提する制度であり、長期雇用を想定されない有期雇用労働者、あるいは3年余り程度では相当の長期の及んだといえないとして、その格差は不合理とはいえないと判断している。

これは日本郵便事件の大阪高裁判決が有給の私傷病休暇や夏期冬期休暇制度について、5年雇用継続で区分けした(5年を超える原告については不合理で違法)論理に通じるものとなる。この論理では、日本郵便事件では、夏期冬期休暇制度及び有給の病気休暇制度について3年や5年での区分する判断がなされる可能性が高い。

■最高裁判決の保守性

大阪医科大学事件、メトロコマース事件からうかがえるのは、最高裁判所が日本型の正社員中心の長期雇用システムを維持することに固執し、非正規雇用の労働条件の格差はやむを得ないものであり、相当の著しい不合理でないかぎり容認する考えをもっていることである。

日本型労使慣行、正社員の長期雇用システムが日本型資本主義の根幹であるとの古い考え方が最高裁には牢固に残存しているのであろう。

しかし、もはや非正規社員の比率は全労働者の約38%に及び、女性労働者の過半数の55%は非正規労働者であり、若者の多くは正社員として採用されていないのが日本の現実である。

このまま非正規労働者の格差を放置すれば、日本の国民経済自体が崩れていくであろう。

その意味では、「資本家的理性」からしても、この格差を是正すべきなのは明白であろう。だからこそ、政府でさえ「同一労働同一賃金」の「スローガン」が唱えている。その流れに逆行し、この「国家理性」というか「資本家的理性」の労働法政策さえ否定しまう最高裁の判断は、すみやかに克服されなければならない。

来年の春闘では、多くの職場でパート有期雇用労働法8条、9条に基づき、非正規労働者の労働条件の改善を求める取り組みが強められる。その動きに冷水を浴びせた最高裁判所の保守性は、厳しく批判されなければならず、それを克服する努力をけっしてあきらめてはならない。

次の日本郵便労契法20条事件では、勝訴して踏みとどまり、次の一歩に踏み出すことになろう。

 

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2019年8月13日 (火)

これからの「雇用の在り方」と「正義」について  -小熊英二「日本社会のしくみ」を読んで

■本書概要

 社会学者の小熊英二教授(慶応大)の600頁もの分厚い新書です。「日本の社会のしくみ - 雇用・教育・福祉の歴史社会学」(2019年7月20日発行)と銘打っています。


 序章で、小熊教授は「本書が検証しているのは、雇用、教育、社会保障、政治、アイデンティティ、ライフスタイルまでを規定している『社会のしくみ』である。雇用慣行に記述の重点が置かれているが、それそのものが検証の対象ではない。そうではなく、日本社会の暗黙のルールとなっている『慣習の束』の解明こそが、本書の主題」と書いています。

最後に次の質問をかかげます。

 スーパーの非正規雇用で働く勤続十年のシングルマザーが「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」と相談してきた。あなたらどう答えるか。

 

 これへの回答は社会のしくみによって異なるということを論証するものです。


 本書は各章の冒頭に「本章の要点」が記述されています。その中から私が特徴的だと思った一部を抜粋すると次のとおりです。

第1章 日本社会の「三つの生き方
 「大企業型」「地元型」「残余型」の三つの生き方の類型がある。大企業型(大卒で大企業や官庁に勤務する正社員・終身雇用の生き方)の比率は26%だが、これが全体の構造を規定している。

第2章 日本の働き方、世界の働き方
 欧米は企業横断的な採用や昇進のルールがあり、「職務の平等」が志向され、企業横断的な職務の専門能力や大学院の学位が有利となる。日本は、「職務の平等」よりも「社員に平等」を志向して、社内のがんばりが評価される。

第3章 歴史のはたらき
 欧州では職種別組合が発達し、職種別の技能資格や職業教育、企業を横断する人材移動となり、労働運動の中で社会保障や政党の在り方と結びついて社会のしくみができた。米国では科学的管理法から職務(Job)の観念が生まれ、労働運動や差別撤廃の公民権運動、専門職団体によって職務の平等が広がった。長期雇用は必ずしも日本型雇用の特徴ではなく、日本型雇用の特徴は、欧米と異なり、企業横断的なルールがないことである。

第4章 「日本型雇用」の起源
 明治初期は日本も「渡り職人」が中心であった。明治期の官庁制度や軍隊型の階級制度がその起源であり、官営工場の払い下げにより民間にも広まった。戦前の職工差別は激しく、「身分差別」として労働者に受け取られていた。

第5章 慣行の形成
 新卒一括採用、定期人事異動、定年制、大部屋型オフィス、人事考課などは明治期の官庁や軍隊にその起源が求められる。日本では、学校が企業に対して人材の品質保証する機能を担った。

第6章 民主化と「社員の平等」
 戦時期の総力戦体制から戦後の民主化の中で「社員の平等」(職工差別の解消)への道が開かれ、戦後の労働運動は年齢と家族に応じた生活給のルールを確立した。1950年代半ばから大企業と中小企業の「二重構造」が問題とされた。
1960年代前半は政府と財界は、職務給と普遍的社会保障、企業横断的労働市場による変革を構想したが、経営者はこれに抵抗し、労働組合も強く反対した。

第7章 高度成長と「学歴」
 進学率の上昇により中卒就職者が減少し、高卒者が新卒一括採用により現業労働者に配置され、大学進学率も高まり大卒者が過剰となり、それへの対応として全社員を「能力」を査定して資格を付与する職能資格制度が導入された。この職能資格制度も戦前の官庁・軍隊型のシステムであり、人事担当者らもこれを自覚していた。

第8章 「一億総中流」から「新たな二重構造」へ
 1974年で大企業正社員の量的拡大は終わった。企業は日本型雇用の重み意苦しみ人事考課の厳格化、出向・非正規・女性などの「社員の平等」を適用しない外部をつくり出す。1980年代に正社員と非正規社員の新たな二重構造が問題となる。1990年代以降は日本型雇用慣行は適用対象を限定しても、コア部分では維持される。

終章 「社会のしくみ」と「正義」のありか

■「職務の平等」と「社員の平等」

 アメリカでは、第1次世界大戦前後は、職長が仕事を一定の予算で企業から請負って、その予算の範囲内で配下の労働者の賃金を決定していた。そこでは恣意的に処遇が行われて労働者に不満が強かった。また、雇用主は職長を通して企業への忠誠度を査定させて組合活動家を差別していた。これに対抗して、労働者は1910年代から、職長による不公正な処遇の改善、同一労働同一賃金を要求した。同じ仕事をしていれば同じ賃金を支払われるべきだと。そこで、職務記述書が重要となった。労働組合は、同一労働同一賃金の職務給、先任権、雇用保障を要求した。産業別労働組合が、職務の保有権の確立、賃金ルールの明確化と産業別の「標準賃金」確立を求めたたたかった。

 ドイツでは、職種別労働組合を通じて技能資格を得て雇用主がその組合員を雇用するというシステムであり、職種別により賃金が決まった(協約賃金)。この職種別労働組合や産業別労働組合などが社会民主党の基盤となり、社会のしくみが決まっていった。

 このように、欧米は、企業横断的な「職種」や「職務」を通じて、企業横断的な賃金(協約賃金、標準賃金)を決めて、職務の平等を志向した。これに対して、日本では、職務の平等ではなく、「社員の平等」を強く志向し、雇用の安定も企業内での雇用保障を求めて、職務の安定は二の次であった。

 なお、小熊教授は、濱口桂一郎氏が日本型雇用を「メンバーシップ型」、欧米型を「ジョブ型」とする考え方を紹介しつつ、日本は「企業型メンバーシップ」であり、西欧は「職種のメンバーシップ」と形容したほうが良いという(本書200頁)。

 日本の労働運動は「職員」の特権であった長期雇用と年功賃金を「労働者」まで拡張させて「社員の平等」を志向したが、他方で経営者の裁量で職務が決まることや他企業との企業規模での断絶があることを受け入れた。一方、アメリカは、同一の職務は同一の賃金を支払うという「職務の平等」を志向したが、他方で職務がなくなれば一時解雇されることを受け入れた。

 それでは、日本の今後は?

■終章の「社会のしく」みと「正義」のありか

 小熊教授は、透明性と公開性の向上が必須であり、横断的労働市場や男女平等が実現する方向でなければならないとしつつ、「本書は具体的なの政策提言の書ではない」として、労働や社会保障、教育の専門家に委ねるという。

 最後に、社会の価値観をはかるリトマス試験紙のような質問を紹介している(金子良事・達井葉二「年功給か職務給か?」労働情報2017年4月号)。

 スーパーの非正規雇用で働く勤続十年のシングルマザーが「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」と相談してきた。あなたらどう答えるか。

 三つの回答例が書かれています。


 日本型の回答①(生活給の論理)、アメリカ型の回答②(同一労働同一賃金の論理)、そして、ドイツ型の回答③(社会民主主義的回答)です。是非、この本を読んで考えてみてください。

 


(付録 私の回答)
 上記相談事例は、まさに「丸子警報器パート差別事件」そのままの事案です(長野地裁上田支部・1996年3月15日判決・労働者側勝訴)。労働弁護士として、私がこの方に相談されたら、そのスーパーの正社員の職務等とシングルマザーの担当職務等を比較して、その相違が合理性があるかどうかを詳しく聞きますね。是正する法律手段はあります。そして「是非、格差是正のためにみんなで労働組合をつくって使用者に団体交渉で要求しましょう。また交渉決裂したら裁判を挑みましょう。」という回答になります。
 ‥‥ただ、こんな労働運動として個人が行動するのは、今や難しいですよね。なぜ、労働者の権利意識がこれほど消極的になったのか、社会学的にどう見ているのか小熊教授に聞いてみたいです。

 もっとも、この本はこういう労働法としての相談ではなく、社会の価値観としてどの方向を選びますかということが主題です。それは有権者である一人一人の選択で決めることができるはずです。本来は。

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